私のつぶやき

仲間が誰もいないと思っていた沖縄、私の想いが沖縄道場という形になりました。

※ 沖縄道場を創った頃を懐かしく振り返ってみた時の私のつぶやき

私が沖縄に転勤して来た時は、砂泊先生の合氣道を稽古している人は誰もいないと思っていました。でも「合氣道がしたい。」私は、自分で合氣道に興味を持つ仲間を募りました。沖縄に到着して1週間後、那覇駐屯地の朝礼があったので約500人の前で「合氣道部を創ります。」と宣言しました。また、自衛隊以外の人とも合氣道で交流したいと思い、近所の豊見城中学校武道場を借りて稽古するようになったのは半年後でした。新聞の掲示板、広報誌等での募集も、思い通りに人は集まりませんでした。砂泊先生に現状を伝えたところ「私を沖縄に呼びなさい。」という返事で、講習会当日は武道場が人で埋め尽くされました。私が4年間の任期を終えて沖縄を離れる時は85人の入門者でした。誰も合氣道をする仲間がいないと思っていた場所で、多くの人と縁が持てました。約30年前の話です。

      本多理一郎 記

2月25日(水曜日)に親徳館合氣道沖縄道場の館長指導稽古に行き、気温24度、緋寒桜の咲く沖縄で稽古をしてきました。今回は会員の要望もあり、土・日曜日の稽古ができない石田中学校体育館で、通常の稽古通り水曜日午後7時30分から9時30分まで行いました。沖縄道場は、昨年暮れ、永年続けていた会員が退会、少人数で稽古を余儀なくされてました。現会員で試行錯誤し、互いに協力し継続して来た情熱は素晴らしいと思います。 今回は、急遽質問に答える稽古に変更しました。場所と時間があれば、何日でも沖縄の会員と稽古したい気持ちになりました。平日で、翌日の仕事もあるので、会員とは別れ、事務局の泉川さんにホテルまで送ってもらいました。翌日はモノレールで、今年秋に再建するという首里城を外から見学、暑さで半袖シャツになりましたが、阿蘇くまもん空港に着いた時は、寒さで鳥肌が立ちました。現役の沖縄道場会員に感謝と激励を送りたいと思います。

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