大先生の一言

相手の顎の辺りを中心に、身体全体をぼんやりと見ると良いですよ。

※私が20代後半、大先生に誘われて入ったうどん屋で、私の質問に答えて下さった大先生の一言

会員の作文を見せてもらって、四十年近く前の大先生との会話のやり取りを思い出しました。

メモ帳に書いていないので正確には覚えていませんが、昼稽古の指導を大先生が行われ夕稽古までの間に、大先生から誘われ熊本の上通りアーケードにあるうどん屋で、お話を伺ったり、質問させて頂いたり、食事をご一緒させてもらったりしたことがありました。
ある時、私は「相手と対峙した時、相手のどこを見れば良いのでしょうか」と質問しました。
未熟な私は、「目を見なさい」と答えられるものだと思ってましたが、
「相手の目を見てはダメです。相手の顎の辺りを中心に、身体全体をぼんやりと見ると良いですよ」
と話してくださいました。
その時は予想外の答えだったので印象に残っています。
大渕初段の「合氣道と私」の作文を読ませていただき、四十年近く前の大先生の言葉と様子が浮かんできました。初段審査基準の中に、親徳館合氣道では実技の他に作文の提出も義務付けています。合氣道に対する考えを文章に表すことで、自分自身を見つめて貰いたいという思いがあります。また私も良い勉強に成るし、親徳館合氣道の方向性を確認する上で良い機会にもなります。     

本多理一郎 記

合  氣  道  と  私        

初 段  大 渕  幸 美

「古き良き時代の日本女性になりたい」と目標を立て日本文化に触れたいと探していた時に合氣道を知りました。合氣道に入門し稽古を続けていく中で、自分が出来ているのか分からない技が、たくさんあります。その中でも本多先生や先輩方から、「今できていたよ」の言葉を頂くのはとても嬉しく感じる部分と、どこが出来ていたのだろうと疑問に思う部分があり奥深さを実感しています。
 
それから昇級審査のたびに道場を駆け回り、そわそわと落ち着かず大騒ぎし、他の門人に迷惑をかけながらも昇級することが出来てきました。今回の初段審査が近づいたある日、本多先生に「私には初段になる資格がないように思うのですが?」と弱音を吐き涙した場面もある中で、先生から「大渕さんの『やれる所までやってみます。』と言った心意気が素晴らしいと思った。」と助言を頂いたことによって、心持が軽くなるのを感じました。さらに自分の事なのに、私よりも先輩方が私の事を理解され厳しくも優しく指導頂ける私は幸せ者だと感謝の思いで一杯です。   
 
私の仕事は看護師ですが、合氣道の稽古には共通するものを感じます。
例えば、患者さんと接するとき、患者さんの患部だけを看るのではなく、身体全体及び心の動きなどを総合的に看て看護します。もし患部だけなどの一つに偏った見方をしていたら状態を悪化させてしまう結果になります。合氣道の一つの動きも、足腰手そして心の動きが一体とならないと本物の技にはなりません。合氣道も偏った動きでは技をかける事すらできません。全てが繋がっており日々勉強だなと思い、より良い方向に向かえるように今後も精進していきたいと考えています。

私が掲げた目標に近づく為に始めた合氣道です。せっかく学んだことは、将来出来るであろう自分の子供にも伝えていき、日本の文化を大切にしていけたら幸せだなと考えています。

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