大先生の一言
世 の 中 が お か し く な っ て い る 。
良 い こ と を す る の に 勇 気 が い り 、
悪 い こ と を す る の が 、
当 た り 前 と い う 考 え 方 が 、本 末 転 倒 し て い る 。
*昭和51年12月19日、有段者研修会(含む忘年会)の後、本部事務所で話された大先生の一言

「天地の心を以って我が心とし」という視点で、世の中を正しく見る目をもっと養いたい。

 私が自衛隊に入隊し父が他界した我が人生節目の年、熊本で迎える有段者研修会と忘年会を終え2次会に、本部道場の事務所にお伺いし、同年代の若い会員7人(竹下姉弟、前田、木村、小澤、小野、私)で、大先生のお話を食事とウイスキーを飲みながらお聞きしたり雑談したようで、「とても有意義で、こんなに幸せ、夢が実現してます。有難い、感謝」と感激したことが手帳に書かれていました。大先生は、「本能的なものは善、欲は知的なもの」とか「親の徳で今日の私がある、戦時中に兵隊に招集され多くの戦友が亡くなる中で私は生かされた」ということを私達に語られたことも記されていました。多様性の時代と言われる現在、多種多様な考え方、捉え方があり、一元的に判断することが難しくなっていますが、物事が思い通りに成ってくる理合い、成ってこない理合いの原理原則は必ずあると思います。「天地の心を以って我が心とし」という合氣道の精神に、自分の世の中を見る目を照らし合わせた時、「世の中はおかしい」と感じるのではないかと思います。「合氣道は、神さんから授かった武道」と合氣道開祖は話されたそうです。世の中を正しく見る目をもっと養いたいです。     

本多理一郎 記

初 段 ま で の 道 の り

初 段   伊 藤  秀 成

 私が合氣道を習い始めたのは42歳の時でした。以前からコンピューターのエンジニアをしており、昼夜問わず待機状態の職務でしたので、仕事の事を考えない時間を作りたい事と、40歳を過ぎ、俗に言う人生の折り返し地点となり、残りの人生、何か新しく始めてみたいと日頃から考えていました。元々、体を動かすことが好きで、小学校から高校までは野球部に入り、今でも草野球チームで練習したりし、週末はママさんバレーのコーチなどをしていました。そうしたスポーツをしながら、以前から少し興味があった“道(どう)”が付くものを何かできないだろうか?と思い始めるようになりました。“道”といっても空手 道、剣道、柔道など様々ですが、それらは40歳過ぎから始めるとなると、ハードルが高く、体力的に続かないだろうと選択肢から外れていきました。そんな中、ふと合氣道が頭に浮かび、合氣道とは試合をすることがなく、老若男女を問わず誰でも始めることができるものと知り、その“道”を始めてみようと決めました。それから家族にそのことを話してみると、たまたま妻の勤務先に息子さんが合氣道を習ってるという方が居られ、そこで親徳館合氣道の存在を知り、本多理一郎先生と出会うこととなりました。それからというもの稽古していくにつれ、合氣道の面白さ、奥深さを知らされました。合氣道の技を憶える事もそうですが、力を抜く事の難しさは今でも苦慮してるところです。
 この度、初段を頂く事となりましたが、取得までは6年半かかりました。5級から昇級していく中、仕事もそうですが、子供達(姉妹)の部活動や塾の送迎等で、稽古から遠ざかる日々が続きました。そのような中でも久しぶりに稽古に参加すると本多先生や諸先輩方から“無理しないで自分のペースで稽古していくことも大事ですよ”と暖かいお言葉で迎え頂いたことで、ここまで来れたと感謝しております。合氣道は一人では出来ませんし、これまで稽古の相手をして下さった方々への感謝も忘れずまた、技においてもいつか必ず習得できることを信じ“自分のペース”で稽古に励んで参りたいと思っております。

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