創刊号~第55号分

創56号~第91号分

親徳ニュース 第100号(令和1年9月1日)

これからは、誰から段を貰ったかが大切になってきます。

*私が初段を頂いた時に話された大先生の一言

「ただあの時、初段を頂いただけなのに」以後50年合氣道に魅せられました。

私の初段は、第8713號昭和44年4月4日、財団法人合氣会 合氣道主 植芝盛平の允可を頂いた段です。 直接、植芝盛平道主から指導を受けた訳ではありませんが、内弟子をされた砂泊先生(大先生)の審査を 受けてお受けしたものです。合氣道開祖は、昭和44年4月26日に他界されているので開祖から允可を受けた 初段としては、最後の一人ではないかと思います。当時は、合氣道そのものの知名度が低い時代でしたので、 特別な感慨はありませんでした。しかし、初段の允可を頂いて50年が経ち、合氣道を続けてきた今、私の 人生の中で、開祖からの初段允可は凄い縁だったんだという事を感じ、私のような普通の人間でも、一つの 道を続けることで培われる力があるんだと実感しています。「ただあの時、初段を頂いただけなのに」、 合氣道に魅せられました。

本多 理一郎 記



8月3日(土)、2019年親徳館合氣道合同稽古及びBBQを、植木武道場と 山本公民館で行いました。今回は、参加者が昨年に比べ少なかったので演武会は、取りやめて本田五段、 河村参段、加藤弐段、高尾初段にそれぞれに時間を与え、準備運動から体捌き、技の指導を午前10時30分から 約1時間してもらいました。咄嗟に思いついて皆さんにお願いしましたが、私の思った以上の成果があったと 思いました。後片付けして山本公民館前の桜の木陰でBBQをしました。11人の参加でしたが、心地良い 風の中、頬張る焼肉とノンアルコールの味は格別でした。来年はもっと参加者が集まれる日を設定して 実施したいと思いました。

8月~11月まで全14回の予定で、受講者の健康増進と介護予防への意識向上を 目的にした講座を親徳館合氣道沖縄道場長 崎間忍四段が那覇市内で開講する ことになりました。

8月5日(月)に第1回目の教室が始まり60歳代から80歳代の5名の受講生が 集まり、準備運動、受け身、体捌き等を行い、1時間半それぞれのペースで汗を流しました。25年間培った 経験を土台に頑張って下さい。



親徳ニュース 第99号(令和1年8月1日)

暗くなった 時、明るい光(本物)が見えてくる。何も分からない時(混沌とした時)は、光(本物)さえもわからない。

*平成3年12月11日の月次祭の納会で話された大先生の一言

暗さを追求したら、それは暗さではなく曙へ向かう、暁の一瞬の暗さであることが分かる

大先生の著書「合気道の心を求めて」の139ページに「明・暗」と表題があるが、その中で「関係道場の座談会の 席上で、若い会員の一人が、万世報のこの欄の内容が暗いけれどもどうしてか、明るいものを書いたらどうか、という ような質問を受けたのである。」と書かれている。その若い会員とは私です。当時24歳、弐段の私は無職で将来の 光が見えずどん底の日々、大先生は丁寧に誠意を込めて「暗く感じているかもしれませんが、それは「合気は愛なり」 という大精神の光を掲げ、我々合氣道人は、人生の悟りへの道を、合氣道を通して行い進むことが出来る幸せを感じる のであるが、日頃の稽古の中に、常に明と暗を感じながら、一歩でも悟りに近づこうと努力しているのである。」と 一介の支部会員の私に、答えて下さった事が嬉しかったです。

本多 理一郎 記



7月6日(土)東京にある春風館合氣道(館長橋口賢治)から、 阿蘇の連盟本部道場に館長はじめ8人の会員が稽古に来てくれたので、親徳館からも私を 含め5人(河村参段、眞村初段、岡本3級、村上級外)で参加、育翔館の会員と共に、木村功 育翔館館長の指導のもと合同稽古を楽しみました。稽古終了後、獅子鍋、濁酒、ホルモン煮込 などの差し入れもあり懇親会も大いに盛り上がりました。また道場にあるカラオケで、皆で肩を組み合って大合唱したり と23時過ぎまで交流を深め、阿蘇の夜を楽しみました。

7月20日(土)21日(日)に,連盟夏季合宿交流会が阿蘇市体育館、阿蘇プラザホテル 及び連盟本部道場でありました。第一回阿蘇火の山旗合氣道演武大会は、阿蘇市が 共催し日本合氣道普及連盟が主管として行ったもので、午後1時から開会式があり、佐藤義興阿蘇市長の来賓祝辞の後、 育翔館少年部の演武で始まりました。9流派の会員、館長の演武がそれぞれの特徴を活かした演武で、観客に披露 されました。親徳館からは、自由技で加藤友美弐段と北原有紀初段が、館長演武では、本田耕太郎五段が受けを取り 演武を行いました。(YAHOO!JAPANの「合気道熊本阿蘇」で視聴できます。) 大会終了後、野口陽聖館館長の指導で交流稽古を実施、呼吸力養成などで会員相互に技の 中で交流を深め合いました。場所を阿蘇プラザホテルに移して、阿蘇の雄大な風景は雨で見られなかったもののゆったり と温泉につかり汗を流して、6時30分からの懇親会を楽しみ、10時からは北原初段、鹿児島 道場の寺師健作四段と共に部屋飲みを深夜12時まで楽しみ、様々なことを話しました。翌日は連盟本部道場で、 宮原明雄祐氣会道場長の指導で交流稽古があり、昼前に終わりました。今回も連盟の 会員と共に阿蘇の夏を満喫出来て良かったです。

*8月13日(火)~16日(金)の稽古中止です



親徳ニュース 第98号(令和1年7月1日)

「開祖は、 この武道は、神さんから授かった武道やで」と話されていました。

*稽古や演武会、研修会等様々な機会で、話された大先生の一言

「AIKIDO IS NOT HOBBY」英会話講師から指摘されました。

私は、30歳の時初めて東京に行きました。人の多さに驚きましたが、それと同時に黙々と整然と、人々が行動 していることに感心しました。都市システムの中で部品として役割を果たしているようで、個としての尊厳が 押しつぶされるのではないかという孤独感を感じたのも正直な気持ちでした。私が、上京したのは、自衛隊の 調査学校で英語を約半年間勉強するためでした。米空軍パイロットの奥様ミセス、ウエンスカさんが部外講師で 来られてて、自己紹介で私は「私の趣味は、合氣道です」と言いました。すると「合氣道は趣味ではありません。」 合氣道を趣味として捉えてはダメということを、話してくれました。全部理解したわけではありませんでしたが、 合氣道を趣味として捉えていた自分が恥ずかしくなりました。この英語過程で英語が大好きになりました。

本多 理一郎 記



6月22日(土)夏恒例の親徳館ビアガーデンの会を、アークホテル熊本城前屋上 ビアガーデンで行いました。週間天気予報では22日の土曜日だけが降雨と、最悪な状況を想定していましたが、 運よく曇天で風も心地よい夏至の日の飲み会になりました。午後7時から、生ビールの乾杯で始まりました。 参加人数は9人と昨年よりも少なかったものの、その分テーブルを1カ所に集め、一つの話題を、皆で語り合える 雰囲気がありました。岡本さんは植木町の地域の消防団長をされており、突発的に発生する火事への 対応に苦労されているそうです。本田さん、河村さんも消防団長OB,伊藤さんも別の地域の消防団員で活躍されている とのことでした。合氣道以外の事で話が盛り上がりました。飲み放題、食べ放題で満腹になった午後9時過ぎに 会は終了、帰宅組と2次会組に分かれて散会しました。後日の稽古日に合った時、「楽しい飲み会だった」と感想を 聞き、来年もやりたいと思いました。



親徳ニュース 第97号(令和1年6月1日)

演武は、 自分の分かっただけ、出来るだけを精一杯出せれば、それでいい

*昭和53年6月17日第13回九州学生合氣道連盟演武大会の時に話された大先生の一言

演武会で失敗はない。それこそ本物の演武、今の最高の状態が表現されるだけ

合氣道を52年間続けてきて、合氣道の演武会も多数出させて頂きました。最初は、長崎南高校の文化祭での 演武、体育館のステージ上での全校生徒の前での演武は緊張もしたけど誇らしくもありました。長崎道場10周年記念 演武大会での演武は、弐段の時で先輩の多数者掛かりの受けをさせてもらい見事な出来に拍手を頂いた時の感動は 良い思い出です。また、熊本の本部道場で初めて演武をした際、思った通りに演武が出来ず凄く落ち込んでいた時、 「舞台の上で、精一杯演武をし成ってきたものであれば、それが最高の演武だ。恥ずかしいことではない。」と 励ましてくれた友。その時々に最高の瞬間を紡いでくれたのだと思います。演技会でなく、演武会をしてるんだと 思う

本多 理一郎 記



5月11日(土)日本合氣道連盟春季交流会が、連盟本部道場(阿蘇市)で開催され、 57人が参加しました。交流稽古を前に、11時から第8回定例総会及び第19回理事会が道場の片隅で行われ平成30年度 事業報告及び収支決算の承認、平成31年度事業計画及び、収支予算の承認が、事前に郵送配布された事案通りに 承認されました。また、阿蘇市主催の行事に協力する形で日本合氣道普及連盟の第1回演武阿蘇大会が7月に実施 されることが発表され、又とない合氣道普及のチャンスであり、皆で盛り上げていくことになりました。 総会が意外と長引いてしまい、交流会が12時20分からの開始になりました。最初に豊田連盟会長から開会の挨拶が 親徳ニュースの記事を交えながらありました。指導は当初、木村功育翔館々長が礼拝、準備運動、体捌き呼吸法の 養成や技を解りやすく説明、90分が短く感じるほどでした。後半の90分を親徳館々長である私が受け持ち、自分の 体験を交えながら大先生から学んだことを指導稽古させて頂きました。今回の交流会には、親徳館から、加藤友美 弐段、北原有起初段と私が参加しました。前日に、私が連絡を受け、参加希望した鹿児島道場の寺師健作君(四段) が、仕事の休みを利用して鹿児島から交流会に参加してくれました。汗して満足したようで、7月の夏季連盟合宿にも 参加したいと意欲的でした。


<6月以降の親徳館合氣道及び普及連盟行事予定>

●夏季親徳館懇親会ビアガーデン   6月22日(土)19:00~  熊本アークホテル

〇連盟夏季合宿交流会  7月20日(土)~7月21日(日) 連盟本部道場、阿蘇プラザホテル

●親徳館演武会・合同稽古とバーベキュー 8月3日(土)10:00~ 植木武道場、山本公民館

〇連盟秋季交流会  10月5日(土)  佐賀県内の武道場

〇連盟指導者講習会  11月30日(土)~12月1日(日)  連盟本部道場



親徳ニュース 第96号(令和1年5月1日)

相手を浮かす、 どちらが早いかとは、力を抜くことにより相手を自在に扱う。相手が力を入れて入ってきたから、こちらも力を 入れるじゃ相手が早い。しかし力を抜けば、相手は自分の自在になり、その後は自分の思い通りに導けばよい。

*昭和56年2月14日(土)有段者研修会の前日の稽古で話された大先生の一言

大先生の技を、言葉の中からでもヒントを得ようと、私なりに稽古に励んでます

5月5日の子供の日を前に、初節句の家の庭には鯉のぼりが勢いよく泳いでいます。熊本市西区の高橋稲荷神社の 近くを流れている坪井川に、沢山の鯉のぼりが泳いでいるとの情報を得たので、撮影に行ってきました。アオサギが 川に向かい、鯉のぼりを狙っている様に見えたので、面白いと思いシャッターを切りました。5月1日から令和の時代が 始まりました。親徳館合氣道にも新会員、昇級者が誕生しています。「この武道に縁があって良かった」と思われる ように精進したいです。

本多 理一郎 記



親徳ニュース 第95号(平成31年4月1日)

真剣に生きて、成ってきたことは、神さんの意志

*平成5年1月17日(土)昼稽古の後に話された大先生の一言

「令和」が始まる。成ってきた歴史に新しい歴史を重ねるのは、今を生きてる私達です。

平成31年4月1日11時41分、菅官房長官から新元号「令和」が発表されました。仕事が休みだった私は、 その時を自宅のテレビで見ていました。いよいよ日本の新し時代が始まるんだという期待に訳もなく心が高まるのを 感じ、大化の改新(西暦645年)から1374年目の今、連綿と続く歴史の中に生きていけることを実感する瞬間でもあり ました。また国を統治する血統がこれほど永く続くのは、世界で日本だけで、国民として誇りです。熊本市北区の寂心さん の樟には、鎌倉時代、鹿子木荘の地頭として源頼朝の命を受けた豪族、鹿子木寂心の墓石が大木の根元に巻き込まれている との言い伝えがあります。植物の成長にも歴史を感じます。転じて、私自身にも67年間真剣に生きてきた人生史が あります。そしてそれは、地球誕生から続くDNAという命の記録の延長線上にあるものです。5月から始まる「令和」の 時代、成ってきた歴史に新しい歴史を重ねるのは、今を生きている私達です。

本多 理一郎 記


3月21日(春分の日)に第2回ユーパレス弁天杯グランドチャンピオン大会がありました。 私は、「山のけむり」を歌いジョイサウンドのカラオケ採点で95.2点で、小学4年生の「ハナミズキ」95.9点に叶わず 準優勝でした。楽しんだだけ丸儲け、結果を素直に受け止め次に繋げたいと思います。


3月27日(水)天水道場を閉じるけじめとして、最後の会員3人と保護者2人と共に 天水町のレストラン「果夢樹」でお別れの食事会を行いました。玉名市での私の合氣道は、 平成19年5月に玉名市総合体育館でジョイントマットを敷いて講習会を開いたのが始まりでした。その後、玉名勤労者福祉 体育館、天水町公民館、天水町総合体育館内の武道場と稽古場所は変わりましたが、その都度、熱心な会員の支えもあり、 続けることができました。大きな転機は、熊本地震でした。天水武道場も大きな被害に遭い、1年間稽古ができない時期が あり、再開した時、複数の会員から「合氣道を辞めます」との意思表示がありました。それでも、少数ですが「続けた い。」という会員もあり、その気持ちに応えるべく、続けていました。3人の現会員はクラブ活動と両立させて頑張って くれましたが受験、進学による退会を言われたので天水道場の幕を下ろすことにしました。これまで玉名の合氣道を 支えて下さった皆様、有難うございました。

*連盟春季交流会予定  令和元年5月11日(土)午後  連盟本部道場(阿蘇市)

指導:(前半)木村功育翔館々長      (後半)本多理一郎 親徳館々長



親徳ニュース 第94号(平成31年3月1日)

当たってもいいつもりで打ち込まないと、相手の導きの呼吸が分からないでしょう。

*昭和53年4月19日本部道場の夕稽古での大先生の一言

「合氣道は受身をして技を覚えるんだ」という先輩の言葉を思い出しました。

木剣技の稽古の時、大先生からかけられた言葉だと思います。夕稽古に木剣技をされるのは珍しいことで皆の前に 出て大先生の受けを取ることに緊張してることもありました。失礼ではありますが「木剣が本当に大先生に当たったら どうしよう」と躊躇していたんだと思います。大先生に言われて、思い切り木剣を振り下ろしたところを見事に技を 掛けられました。その後はその時の反省もあり本気に思い切り受身をしました。合氣道を始めた頃、先輩から「合氣道 は受身をして技を覚えるんだ」と言われてました。相手の導きの呼吸を体得するために、真剣に受身をすることの大切さ を教えられた出来事でした。合氣道は勝ち負けを競う競技ではありませんが本物があります。

本多 理一郎 記


父さんの言葉に励まされて        初段  上地 孝

僕が合氣道を始めたきっかけは、お父さんに合氣道を見に行こうと言われ、見に行ったことです。 合氣道というものが、最初何なのか全く分からなくて、またその時、小学6年生ということもあって興味津々でした。 実際に見てみると、正直、「やらせなのでなないか」と思いました。しかし、自分で技を受けてみると、身動きが取れなく なったり、簡単に転んだりしました。相手は力をあまり入れていないはずなのに何故だろうと、もっと興味が湧きました。 それから、親子で合氣道を始めました。初めは、基礎の動きも全然できず。合氣道って実際にやってみると難しいんだと 思いました。それから練習を重ねて基礎の動きはできるようになりました。出来なかってことが出来るようになるのが 楽しくて仕方ありませんでした。しかし、合氣道を始めて1年が経つ頃は、その時部活もあってので忙しく、疲労が溜まって いたことや、何より少し飽きてきていました。休むための口実を考えて、サボっていた時もありました。時には辞めて しまおうかと思った時期もありました。けれど、父さんが「合氣道行こう」と言ってくれたおかげで続けることができました。 そして気が付くと、もう初段を取る前まできました。初段の昇級審査は今までのものとは、量も質も違ったし本多先生の 見ている前なので、すごく緊張しました。でも練習してきた成果もあって、初段を受かることができました。本多先生から 賞状と黒帯を受け取った時が、一番嬉しかったです。これからは受験生になるので一旦合氣道はお休みしようと思います。 ですが受験が終わったら、また合氣道を続けたいと思います。



親徳ニュース 第93号(平成31年2月1日)

「結ぶ」練習、これが呼吸力です。

*昭和63年3月13日(日)有段者研修会での大先生の一言

呼吸法の養成法で身につける「結ぶ」ことの基本は、寄り添い、思いやることかも しれません

最近思うことは、呼吸力の稽古に於いて、相手に対し片手取り呼吸力や両手取り呼吸力の養成を行う際、押せること 引けることで満足しているのではないかということです。屈強な相手に対し私が力を抜いて押すことが出来れば相手は ビックリします。また、その相手が渾身の力を込めて私を押しても、私が微動だにしなかったら、不思議なマジックでも 見ているように驚愕の表情を見せます。しかし、呼吸力の目的は、押せる引けることではなく、「相手と如何に結べるか」 そのための養成法を、身体を通して実践しているという自覚を持たないと、ただ単なる押し合い引き合いの力の優劣を自慢 しあう稽古になりはしないでしょうか。ただ任せていれば、相手との接点に於いて一体になり押されも引かれもしない 状況があります。変幻自在の心に導かれ、相手を自由に操れる。当然、相手に敵意が無い場合は何もしないでも良い訳です。 結ぶことの基本は、相手に寄り添い思いやることなのかもしれません。

本多 理一郎 記


報告

1月12日(土)第7回肥後にわか新春初笑い公演が、くまもと森都心プラザホールで開催 されました。第1部では、熊本地震をテーマにした映画「駄菓子屋小春」の八名信夫監督が特別ゲストで登場、映画出演 されたキンキラ陽子団長と映画の魅力について対談しました。第2部は、「”ヨ”!三代目」という呉服屋の息子が跡取り として成長するまでを面白可笑しく描いた肥後にわかがありました。三代目役で主演する予定 だったタレントの大田黒浩一さんがインフルエンザで出演できなくなり、急遽本番2日前に、キンキラ一太さんが代役に 抜擢されました。突然の主役交代、稽古日は1日だけ、どうなるのだろうと思って本番前日の稽古場に行きましたが、主役の 二人は、普段通りに慌てることもなく淡々と稽古されていました。これが一流芸人の役者魂なのかと緊急事態にも動じない 団長と一太さんの覚悟に感動させられました。本番では、見事に役を演じきり、観客も大笑いで楽しまれているようでした。 私も一太さんとのアドリブの会話もうまくいきホットしました。また今回は加藤友美弐段にも受付を手伝ってもらいました。 団長宅を後日訪れた際、2020年1月11日(土)、今建設中の熊本城 ホールこけら落とし公演肥後にわかでして欲しいとの 以来を受けたので「やるつもりです。」と団長から決意を聞かされました



親徳ニュース 第92号(平成31年1月1日)

強い言葉は、毎日の努力ある一日の生活の積み重ねが生むもので、型(言葉)だけのものに、力はない

*昭和51年10月23日(土)神風連の変100年記念「神風連の夕べ」での大先生の一言

強い言葉とは、人の感情を動かすエネルギーのある言葉

新年あけましておめでとうございます。我が家から見える平成最後の初日の出は、曇り空のわずかな隙間を こじ開けるような光の輝きでした。それだけに神々しく、一瞬一瞬を大切にする巳亥の年にしたいと思いました。 「強い言葉とは、人の感情を動かすエネルギーのある言葉」とヤフーで検索すると説明がありました。人の 感情を動かすエネルギーのある言葉は、書籍を読んで素晴らしい言葉を見つけたからオウム返しにその言葉を 発したら皆が感動するというものではなく、やはり聞く人は、言葉を発する人の普段の生活、人となりを観た 中から言葉の意味を理解しようとするものではないでしょうか。「合氣とは愛なり」という言葉も、大先生から 言われるとその技や振る舞いから「なるほど」と理解したような気持になったものでした。自分の強い言葉で 「愛」を伝えられたらと思います。

本多 理一郎 記


活動報告

12月8日(土)親徳館合氣道忘年会を、植木町の中華料理店「まるみ」で午後7時から 行いました。今年の忘年会には、会員、保護者等30名が参加し酒と食事、会話を楽しみました。恒例のビンゴゲームを、 今年はやらなかったもののジャンケン大会を2回行いました。最後まで勝ち残ったのは、2回とも和水町から山鹿と 植木の道場に稽古に来ている谷川裕貴君(幼4級、小5)でした。賞金の使い道は、袴を買いたいとのことでした。 病気、仕事などで宴会に参加できない会員もいましたが、今年も年末行事を開催できたことを嬉しく思いました。


1月3日(木)夕方に起きた和水町震度6弱の地震は、我が家のある熊本市北区も 震度5弱を記録、2年8か月前の熊本地震を思い出してしまいました。我が家の被害は、大したことはなかったものの、 それでも時計が発生時刻の6時10分で止まるし、盃2個が割れました。「災害は、忘れたころにやって来る。」と 思いました。



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