創刊号~第55号分

親徳ニュース 第90号(平成30年11月1日)

必ず、挫折の機会がある。でもその時が、一番自分を成長させる。

*昭和52年7月17日、有段者研修会での大先生の一言

忙中閑あり、苦中楽あり、死中活あり、壷中天あり、意中人あり、腹中書あり

「挫折の機会がある」と大先生は捉えられる前向きな姿勢が凄いと思います。物事の現象には裏表があります。 「自分を成長させる」とは、物事の捉え方が広く大きくなるということではないでしょうか。今までの自分の知識や 常識を超えた事象、自分の思いもしなかった事が起きた時、人は挫折します。しかし、その挫折を「自分には 到底叶わぬ夢なんだ」と諦めることも、「自分には考えもしなかった道が、まだあったんだ」とチャンスと捉える ことも心の働きとしては自由です。六中観という言葉があります。「忙中閑あり、苦中楽あり、死中活あり、 壷中天あり、意中人あり、腹中書あり」という捉え方です。自分の心を何処に向けるかは、私次第、「合氣道の 精神」に向けたいです。

本多 理一郎 記


活動報告

10月28日(日)日本合氣道普及連盟指導者講習会が、連盟本部道場(阿蘇市)で 行われました。午後1時から3時10分まで陽聖館の野口敬史館長が集まった30名の各道場の指導者に対し呼吸力に ついて熱心に大先生の言葉や思い出を交えながらの指導をされました。秋晴れの阿蘇はとても清々しい気持ちで 良い稽古ができました。なお親徳館からの参加者は北原初段と私でした。

合氣道と私            弐段 加藤友美

私が合氣道を始めて6年目になります。武道など全くの未経験でしたが、新しいことを始めたい、強く なりたいという思いがあり、合氣道に出会いここまで続けてこれたのは本多先生の合氣道の技に魅せられて 今に至るのだと思います。初段また先日弐段授与のお話を頂いた時もとても嬉しかった半面、自分がイメージ している有段者になれているか不安だったのを覚えています。毎回稽古で呼吸力がうまくできない自分がいて 歯痒い思いをすることも多いですが、呼吸力が出来た瞬間の感覚を大切にしてそれを自分の中で反復しながら、 力を抜いて呼吸力と向き合いたいと思います。先日、指導員として先生より稽古を任せて頂いた時がありました。 先生がご不在で私一人だった為、「技が効かなかったらどうしよう」「質問に答えられなかったら、どうしよう」と 色々悩みましたが、悩んでも仕方ない私のできる範囲の事をやろうと前向きに捉えることができました。結局、 台風の為稽古は中止になりましたが先生より信頼して頂けた事に感謝し期待に応えられる様に少しずつ自分に 自信をつけていきたいです。私は合氣道を生涯スポーツとしてこれからも学びながら「合氣道の精神」にもあるよう に自己に打ち克ち現状に満足せず、より高い自己完成を目指し、本多先生が目指す合気道を私も追いかけながら 日々鍛錬を続けていきたいと思います。まだ未熟な部分もござますが、私が入門から現在まで沢山の方々に 育てて頂いた分これからは少しでも私が分かるところであれば教えられる様、又分からない時は一緒に考えられる様 自分も成長していきたいです。これからは弐段としての自覚を持ち親徳館合氣道を盛り上げていきたいと思います。 どうぞよろしくお願い致します。



親徳ニュース 第89号(平成30年10月1日)

 本多君、一緒に帰りませんか。

 

*私が独身時代、同じ方向にご自宅があった大先生に声を掛けて頂いた一言

  

大先生との会話の中で、あるがままに自分を飾らない生き方こそ真の強さだと 感じました

 

自衛隊の営内生活をしていた独身時代、合氣道関連の行事があった後、同じ方向にご自宅がある 大先生に、「本多君、一緒に帰りませんか?」とお誘いを受け、タクシーの後部座席に大先生と座って 帰ることがよくありました。ある宴会の帰り、いつものようにタクシーに同乗した私は、酒の勢いもあって 「先生、空手は剛で、合氣道は柔ではないかと質問されたことがあるのですが」と答えを求めたところ 「本多君、あなたは空手をやったことがあるのですか。」「ないです。」「それなら、分からないことは、 分かりません。と答えたが良いですよ。」と大先生は即答された。大先生をお送りした後、タクシーの 運転手が私に「今、降りられた方は何かをされている達人の方ですか。」と言われたので「そうです。」と 答えました。あるがままに自分を飾らない生き方こそ真の強さだと感じました。

本多 理一郎 記


活動報告

9月1日(土)から2日(日)にかけて連盟夏季合宿交流会が阿蘇市の連盟 本部道場で開催され、九州各地から51名の連盟会員が集まりました。初日の指導を豊心館の豊田館長、 親徳館の私、翌日は祐気会の宮原道場長が、それぞれ約1時間30分の持ち時間を有効に活用し、大先生から 学んだ合氣道を独自の視点で指導、中身の濃い交流会になりました。終了後、阿蘇プラザホテルで懇親会、 宿泊をし、美味しい阿蘇牛、飲み放題のビールで深夜遅くまで語り合い、親睦を深めました。なお、親徳館 からは、本田五段、北原初段、小野5級、私の4人が参加しました。

9月24日(土)大先生の下で一緒に稽古し、現在、東京の新宿で春風館合氣道と して活動している橋口賢治館長とお弟子さんが来熊されたので市内の居酒屋で 親徳館の歓迎会をしました。

別世界            弐段 男澤孝芳

満61歳で始めた合氣道も丸8年を迎え年齢も69歳になった。何もかもが疑問で自分なりに色々工夫したり 先輩の話を聞いたりして、それなりに解消はしてきたが、未だに呼吸力の何たるかには到達できないでいる。 入門したての頃読んだネット情報では、合氣道は弐段になると別世界が待っていると書いてあった。続いて 四段になると更に次の別世界が開けるとのこと。私の入門当初の目標は、とにかく黒帯を目指していました。 それが3年で叶うと何だかぽっかりと穴が開いたようで、正直少し気が抜けていました。年齢を重ねるごとに 体力が落ち、怪我も多くなり自然と体も動きがかなり鈍くなってきました。ただ、ウエッキー道場を開設さして もらった為の責任感で続けてきた感も否めません。遠いと思っていた弐段にしてもらい、果たしてそれに相応しい 実力が備わっているかと、非常に不安な自分がいます。ただ、よく考えてみると、そんなことを先生は望んでは いないようです。私の体が動きにくくなってきていても、今までの種々の疑問を追い求めてきた経験があるのでは ないか。それを後輩の方々に少しでも伝えるのがその意義ではないのだろうか。先生の考えはきっとそうだろうと 思える。そういうことを考えると少し肩の力が抜けていくようです。この力を抜くのが本当に出来るようになれば、 晴れて別世界が開けて来ると思われる。持病の心臓病は治療しても決して良くはならない。年々少しずつ悪化して いるのが自分なりに感じられる。だからいつまで続けられるかわからないが、当面、受身が出来なくなるまでは、 はるか先のその先の別世界を目指し続けることになろう。呼吸力も自分なりに考えて誰にでも長い修練を重ねなく ても出来るようにならないかと、これからは多方面から考えて、少しでも先生のご指導のお手伝いができるように、 頭が回転しなくなったけれど努力してみます。



親徳ニュース 第88号(平成30年9月1日)

 親の徳によって、今日の私があります。

 

*昭和51年12月19日本部事務所で若手有段者7人に対して話された大先生の一言

  

時を超えて常に、大先生は私達に、親への感謝を忘れないように語り掛けて下さいました。   

 

平成12年4月の有段者研修会では、合氣道開祖植芝盛平翁31年、大先生の初代後援会長中島好章先生21年の 慰霊祭が執り行われました。その時の大先生の御話で『やはり、生みの親ということは一番大事なことですからね。 私にとっては、実の親と道の親、それからこの道場開設のとき後援会長をして頂いた親、そういう三人の親によって、 これまできたということになるんですね。これが大事なことなんです。私達がこれまできたということは、その親の 方々のやはりお力によってですからね。いつまでも、生みの親、育ての親、そういうものは大事にしていかなければ いけないと思います。』これは、本部事務局が販売していた有段者研修会DVDを私が書き起こした文章です。 親徳館合氣道は、まさにこの大先生の思いを受け継ごうと始めた合氣道です。

本多 理一郎 記


活動報告

★8月11日(土)、2018年親徳館合氣道演武会と合同稽古及びBBQを、植木武道場と 山本区公民館で行いました。午前10時からの演武会は、体捌き、基本技、自由技、武器技等を約1時間、日頃の 稽古成果を発表しました。休憩後、植木、山鹿、北部、ウエッキーの各道場が一緒に稽古を12時まで行い12時30分 から山本区公民館で、青空の下、BBQを保護者も含めて32人で楽しみ、午後3時過ぎに、散会しました。当日も 暑かったですが、しっかり汗をかいた後のBBQの肉とノンアルコールビールの味は、格別に美味しく感じました。 また、合氣道を話題に語らう仲間と過ごす時間は、時を忘れます。

★今、勤務している会社の主任に、私が定年後にコツコツと作成した切り絵を見せたところ、展示会をして その後、切り絵の講師をして欲しいということで、切り絵作品展示会を9月15日(土)~10月 10日(水)の和水江田川カヌーキャンプ場管理棟内Cafeで行い、10月11日(木)から 切り絵教室を開始することになりました。何かのご縁で、私の可能性がまた一つ広がりそうで 楽しみです。


親徳ニュース 第87号(平成30年8月1日)

 下手に合氣道を使おうとすると自滅する

 

*昭和53年5月16日の夕稽古の時に話された大先生の一言

  

合氣道は素晴らしい武道です。ただそれをどう使うかは、使う人次第、より良い人生を!   

 

合氣道は、自分が考えているほど万能ではない。合氣道を使う人の心の赴くままに自由自在に水のように    変化する。私の都合の良いようには働いてはくれない。「気違いに刃物」という慣用句がある。どんなに 立派な刃物であっても、使い道によっては殺人の道具にもなるし、人を幸せにする料理を創る道具にもなる。 ひとえに、道具を使う人の心の持ち方ひとつで幸にも不幸にもなる。若い時は、物事を見る視野の狭さから物事の 判断に迷い、何度となく壁にぶつかって後悔し反省し、自分なりにどちらかの道を選び現在に続いている。迷うことは 悪い事ではない。命の灯が消えるまでは、意識しようがしまいが選択を強いられる。「自己の使命を完遂すること こそ武の道であらねばならぬ」

本多 理一郎 記


活動報告

7月21日(土)親徳館ビアガーデンの会が、午後7時からアークホテル熊本城前屋上 ビアガーデンで行われ、猛暑の熊本の夜を陽気に吹き飛ばしました。今年は14人が参加、その中には新人会員の 4人と幼年部から合氣道を始めた下川里沙さん、中学生から始めた村上柚衣さんも20歳を過ぎ、お酒が飲めるように なったので、参加してもらいました。また、加藤友美さんの弐段の昇段祝いも同時に行い参加者からの祝福を受けて いました。多いに盛り上がった華やかな暑気払いの会も9時半ごろ終了しました。

弐段になった加藤友美さんから「以前行っていた北部武道場での土曜日午前中からの稽古を 復活してもらえませんか」との提案がありました。当時は、稽古する会員が少なすぎて止めていたので、 「5人以上の会員が集まればやりましょう」と答えると「集まり ました」という返事が返ってきたので、8月4日(土)から、午前10時~11時、 北部武道場で再開することになりました。前向きで積極的な提案は大歓迎です。

*8月13日~15日の稽古を中止します。



親徳ニュース 第86号(平成30年7月1日)

相手と争わない。身体を通して「合氣とは愛なり」を求めています。

 

*平成10年2月15日有段者研修会で話された大先生の一言

  

林檎を全部食べても、一部分しか食べなくても、同じ林檎の味がする   

「相手と争わないこと」と、「その道から逃げること」とは違うと思います。その場から逃げても相手と 争わない状況にはなりますが、その場で起きたことの解決にはなりません。大先生は、あくまで出逢った縁を大切 にし、相手と争わない解決策を「愛する」という心の対処法で納める道を求められたのではないかと思います。 それを身体の動きによって表現する、つまり相手が求めてきた動きに逆らわず、「いつでもどうぞ」という 積極的な心構えで相手と対応していく。大先生の求められた呼吸力は「なにくそ」と力んで出てくるものでは ありません。「天地の心を以って我が心とし」と大自然におまかせした時に出てくるもののような感じがします。 林檎を全部食べても、一部を食べても、林檎の味が変わらないように私も大自然の一部です。出来ないことでは ないと信じています。

本多 理一郎 記


生涯追い求め続けるべき道(後編)    五段 本田 耕太郎

復帰後、支部道場から親徳館合氣道へと設立に向かう時も、「『親徳館』と名付けようと思うがどう 思うか?」と本多先生から聞かれ、先の大先生とその合氣道が大好きで、ひたすらに継承していこうと 思っていらっしゃる本多先生らしいなと感じ、人の人生にもあるべき普遍的な良い名称と感じ、同感の 思いもあり嬉しくて2つ返事で「良いと思います」と答えていたのを覚えています。私は、合氣道の無駄の 無い理に叶った動きが好きです。その体捌きと呼吸力、技の体現・会得は難しいですが、私達が稽古している 合氣道には『合氣道の精神』という大目標というべき指針があります。その精神をずっと追い求めながら日々の 稽古を重ねていくことで、少しずつ何かに気づき、掴んでいき、身につけ、心技体が共に成長していけるものと 信じております。また、日々反省することばかりですが、人としても目指していきたい言葉です。合氣道は、人を つくると思います。これまでいろいろなことがございましたが、合氣道を通しての出会いは、私にとって総じて 良い出会いばかりでした。今も新しい会員の方が増える度に嬉しく思いますし、最近も入門された方が続いており、 楽しみにしているところです。東京オリンピック開催の再来年、2020年には、親徳館合氣道も設立10年に なり、記念の演武大会を開催する方向で話を聞いていますので、会員全員でその意識を持って、楽しみながら、 稽古と準備に取り組んでいけたらと思います。最後になりますが、この度五段を頂き誠にありがとうございます。 五段として、ふさわしくなれるように、更に精進を重ね、役割を全うしていきたいと思います。皆様、今後とも よろしくお願いいたします。


【緊急告知】 8月1日~8月31日 山鹿武道場が道場補修工事の為使用できなくなりました。 その間、毎週木曜日 午後8時~9時 植木武道場で、稽古します

親徳ニュース 第85号(平成30年6月1日)

合氣道に縁を持てたことを大切にしてください。

 

昭和53年5月11日、私が参段の允可状を頂いた時に話された大先生の一言

昇級昇段は、その人の実力と精進に応じて館長が允可するもの。勝手な判断を反省しました。

5月3日、本部道場に掲示された「参段 本多理一郎」の名前を確認した時、嬉しさと共に不安と責任を 強く感じました。未熟で実力もない私が、本当にその資格があるのだろうかと心配だったからです。そして、 私は本部道場の神棚の前に1時間ほど正座して自問自答しました。どう考えても自分には身に余る光栄と思え 断ろうかとも思いました。真剣に悩んでいるとき、期せずして放屁してしまいました。その時、私が思ったのが 「あるがままに、任せれば良い。今、ここに縁があることを大切に生きよう。」という結論でした。 合氣道の級や段は、実力と共にその人の精進を館長が判断して允可するものです。自分の判断で昇段を 考えていた高慢さを反省させられました。

本多 理一郎 記


生涯追い求め続けるべき道(前編)    五段 本田 耕太郎

私が合氣道を始めたのは大学の合氣道部への入部からで、その濃縮された3年半程が、今でも心身共に 私のベースになっていると思います。振り返ってみると懐かしい記憶ばかりですが、入部した大学の合氣道部 及び九州学生合氣道連盟が所属していた合氣道が、地元熊本に本部道場がある、これこそがと思えていた前身の 合氣道で、社会人になってからも本部道場に通うことができ、本多館長先生が、私の地元の町に家を建てられた ことが御縁で、支部道場立ち上げにお声をかけていただき、それから今の親徳館合氣道に至るまで、身を置かせて いただき、合氣道を続けてこられていることに、恵まれてきたと思い、感謝しております。前述の前身の合氣道の 城北道場の時期に、途中から稽古に行くのが難しくなり、その後も新年を迎える度に、今年こそはと数回稽古に 顔を出したかと思えば、また休会というようなことが何年か続いたと思います。その間も、ある程度、体を 動かしていたこともあり、復帰もまだ大丈夫と自分に言い聞かせながらも、今度復帰する時は、もう三日坊主は 見苦しい、覚悟を決めてながらも復帰しないと顔を出せないと思っていた頃に本多先生から「今度、城北道場の 10周年の演武会をするんだけど・・・」というお誘いのお電話を戴きました。ショックだったのは、”出てくれ ないか?”ではなく、”見に来てくれないか?”と言われたことでした。それは当然のことで、自覚し、当日、 案部会を見に行きました。素晴らしい演武会でした。そこには私が休んでいる間も続けて頑張って来られたいた 人々の姿があり、演武を観て、「自分はこれまで何をやってきたのかと恥ずかしくなりました。」それは、 自分の気持ちひとつで、合氣道を続けて来られたのではなかったかという気持ちがあったからです。それでも 私が覚悟を決めて復帰するまで1年程かかったと思います。このような話も昔のことになってしまいました。 (後編に続く)



親徳ニュース 第84号(平成30年5月1日)

相手の欲するところを与えなさい!!

 

昭和52年9月19日の稽古の時に話された大先生の一言

私なりの呼吸力の体感は、意外にも稽古相手に感じてもらい、気づかされるものでした。

ある宗教の言葉のような気がしますが、審理を追求していくと似たようなところに行きつくのかもしれません。 大先生は、その後「だから『取らせる』のです。取られるのではない。だからこちらが主体なのです。 親が子供に しているみたいにです。これは極意だし大きな愛なんです。」と話されました。大先生の呼吸力の説明に なるほどと、頭では理解したつもりでも、いざ技の中でやろうとするとじれったい程、できない25歳の自分がいました。 呼吸力の何たるかを自分なりに体感したと思えたのは、それから何年かしてからでした。稽古相手の方が「今の 感覚、効きました。」と言ってくれました。私は何もしていないと思っていたので意外でした。でもこの感覚 かもしれない。

本多 理一郎 記


5月13日(日)日本合氣道普及連盟春季交流会が、連盟本部道場(阿蘇市)で 行われました。午前11時から理事会・総会が開かれ、12時からの交流会は、前半を育翔館の木村館長、後半を 北星館の濱田館長が指導、九州各県から集まった51人が熱心に稽古、親徳館からは、本田五段、北原初段、私の 3人が参加しました。新緑の5月、爽やかな気持ちで良い稽古ができました。

<6月以降の親徳館合氣道及び普及連盟行事予定>

●夏季親徳館懇親会ビアガーデン       7月21日(土)19:00~   熊本アークホテル屋上

●親徳館演武会・合同稽古とバーベキュー   8月11日(土)10:00~   植木武道場、山本公民館

●普及連盟夏季合宿交流会  9月1日(土)~9月2日(日) 連盟本部道場、ホテル「角萬」

●普及連盟指導者講習会   10月28日(日)      連盟本部道場

●普及連盟秋季交流会    11月18日(日)      佐賀県内の武道場


親徳ニュース 第83号(平成30年4月1日)

君は、合氣道は自信をもってやって良いです

 

昭和55年6月28日(土)、陸曹候補生教育隊入隊前の送別会で話された大先生の一言

6月30日(月)5曹教入隊で出発、不安な気持ちを勇気づけくれた言葉です。

沢山ある手帳の中の17冊目には、”鬼の5曹教”と恐れられる教育隊、入隊前の不安が書いてありました。 6月28日(土)は、午後2時30分から熊本商科大学短大20周年演武大会があり、パーティーの後、午後8時から 本部道場近くの「万栄」で私の送別会をして下さり、「大先生より『君は合氣道は自信をもって、やって良い』」 という大先生から激励の言葉を頂いた事が記されてます。その夜は、本部道場の広い畳の上で雑魚寝したようです。 どんなに苦しい厳しいといっても父や大先生の時代のように、戦争で死ぬことを意識する当時の軍隊と較べれば、 平和な祖国を守るための教育訓練だから死ぬことはないだろうと思っていても不安でした。私の人生の節目 (曹候入隊、東京勤務、沖縄勤務、結婚、新築等)に、大先生は激励の言葉を掛け、勇気を与えて下さいました。 今後、恩返しの私の人生です。

本多 理一郎 記


北熊本駐屯地で毎週木曜日午後6時から合氣道の稽古を再開します

切っ掛けは、22年ぶりに熊本勤務で、北海道から帰って来た満溜庸仁氏が2月13日に、北部武道場で稽古を している私を訪ねてきたことでした。満溜君は、北熊本駐屯地に勤務する自衛官、身長180㎝体重87㎏の 大柄な体格で、私が現役自衛官の時、北熊本支部で合氣道の指導をしてた頃、一緒に汗を流した仲間でした。 彼の話によれば、初めて稽古に来た時に、当時中学生だった150cm弱の女の子に投げられたのがショックだった みたいで、北海道でも様々な合氣道に接し、熊本に帰ってからも私を探していたようです。22年ぶりに再会でき とても感激してるようで逆に私も感動しました。2月22日(木)に満溜君と同じ職場の防衛大学(合気道部)卒の 亀井君と3人で稽古しました。その後演習、行事等で稽古できませんでしたが、5月から仕切り直して再度、稽古を はじめ満溜君の熱意に答えたいです。

3月30日(金)に、合志市にある「ユーパレス弁天」で開催された 第1回ユーパレス弁天杯グランドチャンピオン大会(毎月恒例のカラオケ大会上位3名のみ参加可能の 年間大会)で優勝し、弁天商品券1万円分の商品を受け取りました。



親徳ニュース 第82号(平成30年3月1日)

結びが出来た時、生きてくる。コップにお茶が入った時、成り立っている状態

 

昭和53年5月14日有段者研修会で話された大先生の一言

私がコップで合氣道がお茶、お茶がコップに注がれた時に結びが出来、美味いお茶が飲めた。

今年の3月1日で66歳になりました。両親の話では、生後3ヶ月で百日咳にかかり亡くなってもおかしくない 状況(隣の家で私と同じ百日咳にかかった子は、亡くなったそうです。)の中、私は両親をはじめ、多くの方々の お陰で命を長らえさせてもらえたと聞いています。戦後の混乱期に大変な苦労をして育ててくれた両親に感謝 したいと思います。私の子供の頃は、風邪引き、骨折、脱臼も頻ぱんにしてました。合氣道を始めるときに「私は 小さい頃から身体が弱く、運動神経が鈍いですが、こんな私にも合氣道はできますか」と高校の合気道部顧問に 質問したくらいです。そんなひ弱な私が合氣道を続けてこれたのは、「コップとお茶の関係」がそこに生まれた からではないでしょうか。

本多 理一郎 記


沖縄道場で四半世紀                四段  崎間 忍

「エッホ、エッホ」水曜日の午後7時半から、いつものように稽古が始まった。沖縄道場では5名の有段者を はじめとする一般会員や幼年部が週一回の稽古に和気あいあいと汗を流している。本多館長が沖縄の地に蒔いた 合氣道の種は、決して目立たないが着実に根付き、今年でついに四半世紀を迎える。私が入門したのはその年の 12月で会員番号は21番、当時は本多館長の熱心な指導と人望で入門者も多く、館長が沖縄を離れる頃には会員は かなりの人数になっていた。4年後に成り行きで道場の運営を引き継いだものの、館長の離沖後に会員が一人抜け 二人抜けでごそっと減り、稽古に誰も来ない日があった時や、私自身の転勤や家庭の都合で、道場を畳もうと 会員に相談したことも多々ありました。そんな時、支えになったのが館長が沖縄を離れる際に、道場を引き継ぐ ことを固辞していた私にくれたアドバイス「なるようになりますよ」「周りが助けてくれるので崎間さんは気負わず に自分のスタイルで行きなさい」でした。その言葉が現実のものとなり、館長が在沖当時からのメンバー兼島氏や 伊良波氏、新会員、幼年部の子供たちみんなに励まされ支えられて、四半世紀という時を重ねてきました。 私自身はそんなに時間が経っている気はなく、いつまでも未熟者と思っていますが、幼稚園児から見ていた 幼年部の子供たちが立派に成人となった姿を見ると時の流れを感じ、感謝感激です。沖縄では短い冬が終わり これから長くて暑い夏がやってきます。熊本とは距離もあり、なかなか交流の機会が持てずに申し訳ございま せんが、合氣道を求める心は一緒ですので、今後とも沖縄道場の会員と不真面目な道場長ですが、よろしく お願いいたします。



親徳ニュース 第81号(平成30年2月1日)

型はない魂なんです。休んでも進んでいるんです。

 

平成10年2月15日有段者研修会で話された大先生の一言

「一途に道を求め、謙虚に全てを受け入れ感謝し、周囲への優しい気遣い」小平選手に感謝

親徳館合氣道を始めようとした時、誰にもわかり易い明確な目標を持ちたいと思い「感動・感謝・思いやりの 心を育む合氣道」というキャッチフレーズを作りました。感動できる素直な心、感動を与えることのできる 一途な心、何事にも感謝できる謙虚な心、感謝の心を態度で表せる思いやりです。平昌冬季五輪に於いても数々の ドラマが生まれています。日本のトップアスリート達の口から溢れ出る支えてくれた人達に対する感謝の言葉、 勝っても驕ることなくお互いに健闘を称えあうスピードスケートの小平奈緒選手の行動は、「一途に道を求め、 謙虚に全てを受け入れ、自然に出てきた思いやり」が優しさになって表れたものだと思います。その美しい光景に テレビの前で涙が止まりませんでした。やってる種目は違っても共感できる魂はあります。親徳館合氣道を一途に 求めたいです。

本多 理一郎 記


合氣道との三年間          初段  北原 有起

私は親徳館合氣道に入門して三年が過ぎようとしています。きっかけは、当時就活に悩んでいて何か 打ち込めるものがほしかったからです。その後仕事も決まり、今では落ち着いて練習に励んでいます。 入門当初驚いたのは、試合がないことでした。多少は強くなってやりたいという思いもあったので、これから 先どうなるのかと思いました。しかし、呼吸力という摩訶不思議な力の使い方や、和合の考えを学んでいく うちに、稽古そのものが楽しくなってきました。「動く禅」とよく言いますが、自分なりに考えてみると自分の 内なるものと外なるものをはっきりと意識することで相手の求めるものも気づけるようになり、導くことが 出来るようになると思います。つまり、これは、心理学のゲシュタルトに似ており、且つ座禅の感覚にも似ている なと思いました。これを動きながら行うため、「動く禅」というのかなと自分なりに解釈しています。二年目に なると、昇級の機会や新規入門者の方も増え気合が入る年になりました。ただし前半は仕事で全く稽古に参加でき ない時期がありました。また二つ目の驚きとして武器を使うことでした。アニメのイメージが強く、素手でどんな 攻撃もいなす画しかなかったため、木剣や杖の扱いは今でも苦労しています。そして三年目になると、初段の 影が見え始めました。武器の取り方や自由技の空間の使い方など様々なご指導を頂き、ようやく今回初段審査を 受けさせて頂くことができました。今年からは、更に精神的にも肉体的にも充実し、連盟の合同稽古にも積極的に 参加できるようにしたいと考えています。そしてもっと合氣道をたくさんの人に知って頂けるよう頑張って まいります。



親徳ニュース 第80号(平成30年1月1日)

開祖の誇りを傷つけたくない。植芝盛平先生の精神を伝えたい

平成10年2月15日有段者研修会での大先生の一言

初詣で引いた福みくじの明治天皇の御歌に、勇気づけられ進むべき道を確信した 元旦でした

新年明けましておめでとうございます。今年は戊戌(つちのえいぬ)で干支の中で35番目の組み合わせの 年だそうです。例年通り、初詣で菊池神社に行きました。新年の健康と安全を祈願した後、福御籤 を引いた ところ『大吉』でした。明治天皇の御歌「 いづかたに志してか日盛りの やけたる道をアリの行くらむ」が 書かれてあり、説明に「今は人に知られぬ苦労をしているが、その努力は神様がよく知っていて下さるから、 力を落とさず愚痴を言わずまっしぐらに行けばよろしい」とのことでした。世界には合氣道として様々な流派や 組織がありますが、大先生の思いを信じ、原点を見つめながら修行することこそが親徳館合氣道のまっしぐらな 道だと自覚し前進したいと思います。

本多 理一郎 記


活動報告

1月13日(土)「第6回新春初笑い肥後にわか公演」が、くまもと森都心プラザホール であり、出演5回目の今回は、タレントの大田黒浩一さんの友人役で出演しました。台本にはなかったけど話の 流れで杖を廻して「イエイ、空前絶後のおめでとう」とサンシャイン池崎のものまねをして会場にアピール しました。今年の正月も舞台の上で楽しい時を過ごさせて頂きました。

1月20日(土)北原有紀君の初段昇段を祝う会を山鹿市内の旧豊前街道沿いに ある「蔵BUZEN]で行いました。山鹿道場を開設して第一号会員の北原君の昇段祝いに、14人が参加しました。 「会員10人になったら、懇親会を山鹿でやろう」という合言葉が3年が経ってやっと実現できました。今後、 亀の歩みでも確かなものを積み上げる山鹿道場であって欲しいと思います。



親徳ニュース 第79号(平成29年12月1日)

要領のいい稽古をしてはいけない。ありのまま本物の稽古をしなさい。

昭和51年12月3日の夕稽古の時に話された大先生の一言

「花の咲かない冬の日は、下へ下へと根を伸ばせ」稽古のできない時だから大先生の 一言が沁みてくる日々

私は、昭和51年9月までは長崎道場の所属、10月から熊本の本部道場所属になっています。弐段で熊本に 移籍したものの、自衛隊では最下位の立場で自由に稽古に行かせてもらえないのが現実でした。土曜日曜も 先輩方の外出が優先されるので、週に一度でも外出できた時は、迷わず本部道場に通っていました。 それだけに大先生の一言一言が素直に受け入れられたんだろうと思います。私にとって大先生は絶対的存在 でしたので「要領のいい稽古とは?」「ありのままの稽古とは?」と考えてしまいます。大先生の伝えたい ことをどう解釈したらよいのか。まずは手帳に書いて自分なりにいつも考えていました。考えすぎると身体が 硬くなり思い通りに動きません。「霊肉一体の至上境に至の業であり道程である」この言葉を噛みしめて 稽古する日々でした。

本多 理一郎 記


活動報告

12月2日(土)、全自衛隊演武大会が、防衛省市ヶ谷駐屯地内にある体育館で あり、OB演武として5分間の演武をさせて頂きました。今回の演武は、防衛省合気道連合会副会長で大会委員長の 福田正弘五段が、親徳館で一緒に稽古している縁もあり参加することになり、親徳館合氣道の本田耕太郎四段と 共に私の受けをしてもらいました。演武は素手による自由技、杖技、杖の型、木剣と杖による武器二人掛かり でした。(演武は、 YouTube「全自衛隊 合気道演武大会親徳館合氣道」で動画を投稿してます。)今回、気心の知れた会員と共に演武が できたのは、とても有難く、良い演武が出来たと思います。翌日は、新宿コミュニティセンターで春風館 合氣道(館長;橋口賢治)の稽古に本田四段と参加させてもらいました。一つの道場に5個団体程が場所を 分け合いながら練習する状態を見ると私たちは恵まれた環境で稽古できる幸せを感じました。稽古後の 親睦昼食会ありがとうございました。

12月9日(土)親徳館合氣道忘年会を、植木町の中華料理「まるみ」で行いました。 今回、参加者を募ったところ51人の会員父兄に集まってもらい、過去最高人数の忘年会になり、皆で楽しい 時間を過ごせました。ビンゴゲーム大会でウエッキー道場の男澤さん以下3人の有段者が大いに場を盛り上げて くれありがとうございました。最初のビンゴは山鹿道場の鹿子木さんでした。親徳館各道場が一堂に会した 忘年会はお互いに親睦が図られた一年の締めくくりでした。



親徳ニュース 第78号(平成29年11月1日)

私は、強くなろうと思ったことはありません。いい修行をしたいと思って稽古してます

平成10年1月18日 有段者研修会で話された大先生の一言

大先生は、相対的な自己完成ではなく、絶対的自己完成を目指して日々の稽古を成されて たんだな。

合氣道の精神の中に『敵そのものを無くする絶対的自己完成の道なり』とあります。”強い”の反対は ”弱い”です。弱肉強食という言葉もあります。強くなろうと思う自分の心の中には、弱いという意識が、 働いているのではないでしょうか。つまり相対的に自分を判断して自分を認識しようとしているように思われます。 大先生は、大都会東京から合氣道普及のため、昭和28年尚武の地熊本に来られました。最初のお弟子さんは実践空手の 空心会創始者だったと伺ったことがありました。戦後の混乱期の中を「強くなろうと思ったことはありません。 いい修行をしたいと思って稽古してます。」という大先生の生き方に頭が下がります。切り絵作品展(下の写真)を 肥後銀行のロビーで行いました。俳句も10月から始めました。様々な面から絶対的自己完成を目指して いきたいです。

本多 理一郎 記


合氣道と共に人生をたびしています           四段  兼島  啓

平成6年に合氣道と出会い、早いもので合氣道を続けて23年になります。本多館長との出会い無くして私の 合氣道は始まらなかったのですが。遠い沖縄で合氣道を普及したい!広めたい!という思い。本多館長の氣は 沖縄に脈々と今なお息づいています。本多館長が熊本に帰られてからは、合氣とはなんぞや?と試行錯誤の 繰り返しを続けながら、本多館長ならどうするだろう、こうだろうか?それともこうじゃないか?と精神と肉体を 総動員しながら幼年部(小学生から中学生)、一般の部(高校生から60代)まで一緒に和気あいあいと楽しく稽古に 励んでいます。会員が楽しみにしている年に1,2度の本多館長の稽古日では、自分自身の結びの技の未熟さ、キレの なさが改めて身に沁みますが、沖縄道場全員が少しずつでも向上していければと思っております。最後になりました が、あの熊本地震によって地震前の生活に戻るにはまだまだ程遠い現実を、報道番組などでテレビに流れています。 沖縄で何もできない私たちですが、「地震に負けないでください。熊本頑張って下さい。」という思いを送らせて ください。

活動報告

11月9日(日)に佐賀県みやき町中原武道館柔道場で、 平成 29年度秋季交流会が行われ、70人の連盟会員との稽古に汗を流しました。指導は前半が野口陽聖館館長 後半に衛藤双平館館長が行い、深みのある稽古が出来ました。。なお親徳館からは北原1級と私の参加でした。

平成29年稽古納め  12月24日(日)植木武道場

平成30年稽古初め   1月5日(金)山鹿武道場



親徳ニュース 第77号(平成29年10月1日)

合氣道は争いを納める武道です。

平成3年10月11日月次祭(毎月手取天満宮の神主による神事)後に話された大先生の一言

大先生の求めて来られた合気道の原点を見つめなおし、日々の稽古を充実したものに していきたい。

合氣道は、一般的に柔道、空手、拳法などの闘争術と同等に認識されがちですが、大先生の合氣道に入門する 際の『入門案内書』には、「従来の武道が、闘争術と考えられていたのに対し、合氣道は、相対的な争いの術から 脱皮して、相手と和合する結びの道へと進んできました。武道において、相手と和合するとはどういうことで しょうか。武道には、攻めと受けがあります。相手が攻めてきたとき、正面からぶつかると破壊になります。 相手の攻撃を自分の円の動きの流れの中に吸収し、自分と相手が一つになって、そこに技を作り出す。その基本を 教える道ともいえます。その為には、自分が常に正しい状態でなければなりません。自然の理に叶った動きを、 毎日練習することにより、心身が健康になり、周りの人に対する思いやりも育まれ、自らが向上する武道です」と あります。

本多 理一郎 記


合氣道を通して得たこと        初段  上地 研

私は学生の頃から30歳代前半までバスケットボールをしていました。20歳代後半の頃、30歳を過ぎても バスケットボール以外にできるスポーツはないかと探していました。当初、対象はスポーツでしたが武道という 選択も加え検討していたときに、合気道を真剣に考えはじめたのではないかと思います。合氣道の事を調べて いくと「動く禅」と表現されていたり「こちらから攻撃しない」という考え方に魅力を感じたのを覚えています。 親徳館合氣道沖縄道場に入門して4年が経過しました。当初感じたことは、自分の身体は思ってるほど思い通りに 動かないということでした。特に「力を抜く」ということは、これまで経験したスポーツでは殆ど無かったので、 なかなか力が抜けませんでした。どのような状態が力を抜いた状態であるのか身体と頭で理解するまで時間が かかりました。また合氣道独特の動き方にも戸惑いを感じました。沖縄道場は週1回の稽古なので身体の動きや 技を忘れてしまいがちです。時間を見つけてできるだけ再現するようにしています。私は息子と娘と一緒に 入門し、幸いにも2人とも続けてくれています。親子で合氣道ができるのはとても幸せなことだと実感していますし、 稽古を通して子供の成長に触れたときは特にそうです。身長が伸びているということだけではなく、技や受身の 上達を直に見られることは、特別な時間だと感じます。子供2人には今後とも合氣道を継続して欲しいと 願っております。 最後に、初段の審査をうけるにあたり今日まで指導して下さった崎間先生、兼島先生、伊良波さん、稽古時間の 一部を私の初段審査に使うことを快く承諾してくれた道場の皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。 ありがとうございました。熊本と沖縄で物理的距離がありますが、いつも沖縄道場を気にかけてもらい初段審査に 来て頂きました本多館長ありがとうございました。今後とも合氣道を通して成長できるように楽しく真剣に稽古に 励んでいきたいと思いますので、よろしくお願い致します。

親徳ニュース 第76号(平成29年9月1日)

攻撃する速さではない。気持ちの速さ、既に入っている。

平成5年8月有段者研修会後に行きつけの喫茶店で話された大先生の一言

「どうぞ」という心の動きが、己を主体的に動かせる種なのか

大先生の演武は、相手を待ってはくれない。一つの技をかけたとき、受身をしている人より早く相手の 間合いに入られるので、大先生の出された手を取らざるをえなくなる。もしも取らなかったら当身が入った ことは想像がつく。私も数回本番のステージで大先生の受けをさせてもらったことがあるが、緊張して 大先生の出された手を掴むのが精一杯でした。「本多君、大丈夫ですか。」と声を掛けられ緊張が解けたのを 思い出します。観客には約束動作をやってるように見えるくらいに流れる美しい動作でも、その場で変わる 大先生の動きに嘘はありませんでした。「どうぞ」という心の動きが既に相手を自由自在に動かさせ、己を 主体的に動かせる種なのだろうか。

本多 理一郎 記


活動報告

9月2日(土)・3日(日)平成29度連盟夏合宿交流会 が、阿蘇市の連盟本部道場で開かれ、9団体52人が参加しました。今年は最初に私、次に野口陽聖館 館長、濱田北星館館長の順、翌日に祐気会の宮原道場長が指導を行いました。親徳館からは本田四段が 2日のみの稽古、準会員の福田さんと私が「ホテル角萬」に宿泊、他道場との交流を深めました。

9月9日(土)・10日(日)沖縄道場館長指導稽古 を行いました。今回は、崎間沖縄道場長と親徳館になって初めての初段である上地研さんの昇段と いうことで9月の沖縄での稽古になりました。出発時間が事故の為遅れたものの予定通り稽古して、 上地さんの初段審査をし、十分初段の実力があることを確認しました。終了後、懇親会で様々な話をして 時の過ぎるのを忘れました。翌日は、伊良波参段が、熊本から一緒に来た北原1級と私を、首里城や沖縄空手 会館、私が住んでいた豊見城市の立派に変わった市街地を案内してくれ良い思い出が出来ました。


<告知事項>

◎本多理一郎 切り絵作品展 10月16日(月)~11月10日(金)肥後銀行植木支店ロビー

◎防衛省合気道連合会演武大会出場決定 12月2日(土)午後1時から 防衛省市ヶ谷駐屯地



親徳ニュース 第75号(平成29年8月1日)

人類の進むべき道が極意、世界中の人がする道

平成5年8月8日、有段者研修会で話された大先生の一言

私自身、最高と思えるこの武道を次の世代に継ぐことの大切さを改めて感じました

月が満月で、とても奇麗です。私が3歳の頃、私の家には風呂が無かったので、「さくら湯」という銭湯に 30分位かけ家族で私は母に手を引かれて歩いて通っていました。私達が家を出て銭湯までずっと付いてくる お月様が不思議で、気になっていつまでも見ていたのを思い出します。今年も連盟本部道場のある阿蘇市で 子供合宿が開かれ、様々な場面で子供たちの素直な行動と思いに感動させられた。育翔館の木村館長が、合気道の 基礎的な身体の使い方や心構えを子供達に理解できるよう丁寧に指導している様子は、優しさに溢れるものだった。 二日目の指導は、私が「大きな声を出すことと礼をしっかり行うこと」を主体に行いました。元気いっぱいに 子供達も答えてくれ良い稽古が出来ました。私自身最高と思えるこの武道を次の世代に継ぐことの大切さを 改めて感じました。

本多 理一郎 記


活動報告

7月29日(土)30日(日)に、平成29年度夏季子供合宿会 が例年通り、阿蘇市の連盟本部道場でありました。合宿には長崎、熊本から総勢52人そのうち子供29人が参加し、 阿蘇の自然に囲まれて、のびのびと合気道の稽古、スイカ割、花火大会、肝試しなど様々な行事を楽しみました。 親徳館幼年部は、谷川裕貴君、段下晃範君、丸内悠莉君、青木煌奏君、青木尊瑚君、小野叶恵ちゃん、引率で 小野優香さんと私でした。暑い下界をよそに涼しい阿蘇での稽古は最高でした。植木道場の谷川裕貴君は 「初めて阿蘇の合宿に参加して、人数が普段の稽古からすると多かったのにビックリしました。また先生が 違うと技も違うと感じ、お母さんに聞くと『基礎が大事なんだよ』と教えてくれました。合気道の精神はとても 難しいけど、今回の合宿で学んだこともたくさんありました」と感想を書いてくれました。

8月20日(日)、親徳館合氣道合同稽古及びバーベキューを植木武道場と山本区 公民館で行いました。合同稽古は、普段別々の道場で稽古している植木、ウエッキー、北部、天水、山鹿の会員が 集まって稽古するもので22人が参加、またバーベキューには29人が参加し夏のひと時を楽しみました。



親徳ニュース 第74号(平成29年7月1日)

この世で役立つのではなく、あの世で必要になったから引き取って貰ったんです。

平成2年12月3日大先生の御姉様が他界された数日後の稽古で話された大先生の一言

大先生の死生観に、同年11月23日に姉を亡くした私は、救われた思いでした。

6月30日(金)から7月2日(日)まで、熊谷市と東京に行って来ました。今年2月に長崎南高校合気道部で 主将をし、一緒に汗を流した松尾利秋君が亡くなったので、熊谷市の自宅に線香をあげに行く事が目的でした。 ついでに長崎南高校同窓会関東会が東京であったので参加してきました。縁あって時代と場所を同じくして 学んだ仲間と再び出逢い、過去を語り合い元気に生きていることを確かめ合う楽しい一時でした。また大先生の 合氣道を関東で普及している同志が歓迎会を開いてくれ、帰る日の午前中は稽古が出来て有り難かったです。 「一期一会」出会いと別れの縁を大切にしたいと思います。大先生の前向きな死生観に同年11月23日に姉を 亡くした私は救われた思いでした。

本多 理一郎 記


活動報告

7月16日(日)午後1時から山鹿武道場で「親徳館合氣道 初心者講習会」を開催しました。5人の会員で受入準備をしていましたが参加者は一人でした。 少なかった原因は「暑さ」かもしれません。後日、当日来れなかった初心者2人が入門してくれました。講習会 をやった縁で会員が増えたことは、素晴らしい成果でした。

7月22日(土)午後7時から9時までアークホテル熊本城前の屋上で 「親徳館夏季懇親会ビヤガーデン」を行いました。様々な事情で参加できない 会員もいましたが、黒肥地夫妻をはじめ15人で暑い熊本の夜をバイキング料理(ズワイガニ付き)と飲み 放題で楽しみ、語り合うことが出来ました。打ち上げ花火が見えたり、どしゃ降りの雨にも遭いましたが テントの中で安心でした。


親徳ニュース 第73号(平成29年6月1日)

21世紀になれば、この合氣道の指導者はいくらいても足りなくなるから

平成2年5月29日本部道場夕稽古での大先生の一言

時代が変わっても、変わらない真実がこの合氣道にあるから、それを求めなさいよ。

平成2年(1990年)5月29日は、大先生の結婚記念日で大先生も65歳と武道家として充実しておられた時期では なかったろうかと推察します。21世紀の世界は輝く未来、全ての夢が実現しそうな、響きをもった言葉として当時の 私は感じていました。実際に21世紀になって17年が経ち、パソコン、スマホなど20世紀には思いつかないような時代 になり、便利で快適な生活が訪れています。ただ、どんなに物事が進歩しても、人の心の在り方は「10人10色」だし、 生かされた人生を最後までそれぞれのゴールに向かって生き抜くことに変わりは無いです。「時代がどんなに 変わっても、変わらない真実がこの合氣道にはあるから、それを求めなさいよ」と言われているような気が します。

本多 理一郎 記


私と合氣道と仲間達            初段 松見 章

私、ウエッキーの薬、化粧品屋で仕事をしております。今から6年程前でしょうか、先に入門していた男澤さんに ウエッキーの2階カルチャーホールで合気道をやらないか」と言われたのがキッカケでした。当初ウエッキーで 働いている僕等3名を含めて8人位でスタートしたと思います。ダイエットや腰痛にも良い全身を使う健康的な 武道だと教わりました。1年程経つと、足腰が痛いや、なかなか痩せないとか、意外とハードだ等で中高年の 女性たちが少しづつ止められていきました。子供も大人も増えたり減ったりを繰り返し今は6人前後で落ち着いて おります。ダイエットを期待していた人達も多いのですが、私は始めた頃より逆に8キロ程太ったのではないで しょうか(泣)。そんな私も週に1回行けるかどうか、月に1度の時もありましたが、この春、漸く初段に 成れました。これは先生の教えの下で、先輩方や皆様方、仲間がいたからだと感謝いたしております。これからも 皆様方と共に切磋琢磨して先生の技を少しづつ覚えて楽しく合氣道を続けていけたらとなと思っております。 永く続けるコツは何事も程々にと思います。合氣道ファーストにはならないですが、趣味の一つと考えております。 勿論、皆様とのお酒の交流も大切な趣味の一つです(笑)。人生を楽しむためには心身共に健康であることは勿論 ですが、その為にも、感謝の心を忘れず、好きな趣味を幾つか持ち、そして探求し、正直に正しく生きる事では ないでしょうか。まあそう簡単に行かないのが私の人生ですか(汗)、そういった趣味の一つに合氣道はもってこい だと思います。最後に、私にとって合氣道とは、世代を超えて楽しめる健康的な武道だと思います。皆様、これか らもウエッキーを含めどうぞ宜しくお願いいたします。


親徳ニュース 第72号(平成29年5月1日)

宇宙と一体と成っているから生きている。一体と成らなかったら、とうに死んでいますよ。

平成4年3月有段者研修会での大先生の一言

細胞や分子レベルからみたら、私の身体全体は想像すらできない大宇宙

「宇宙と一体と成る。」とは、豪く大きなことのように思えるが、我が身に置き換えて考えてみると、 ごく当たり前のことではある。私という肉体を形成しているのは、目には見えない細胞や分子です。その 細胞や分子の側から私の身体全体を見たら、想像もできない宇宙的な存在かもしれない。転じて、私から 大宇宙を見るのと相似してはいないだろうか。あるがままを素直に受け入れ、自覚する。生きている全ての 命が「天地の心を以ってわが心とし」という合氣道の精神に繋がって行くのではないだろうか。 仕事を退職して3か月が過ぎた。最近、切り絵を始め虜に成っている。歌、習字、ノルディックポールを 使っての散歩、合氣道週6回等、無職になった今を楽しんでいます。

本多 理一郎 記

活動報告

5月13日(土)に、植木町の「ほんだ食堂」で、初段になった 松見章君と松見志朗君の昇段祝いを、会員17名で行いました。また、その席で「親徳館10周年の演武会を 2020年夏に植木文化ホールでやろう」と提案したところ参加者から賛同の拍手を頂いたので、3年後の演武会の 為に今できることを頑張ります。

5月14日(日)日本合氣道普及連盟交流会(春季)が、阿蘇市の連盟本部道場で 行われ57名が参加しました。なお、親徳館からは、本田四段、海悦2級、福田さん、私の四人でした。


<6月~9月 親徳館合氣道及び連盟行事予定

●昇級昇段審査 6月25日(日)、昇級昇段式 7月9日(日)    植木町  植木武道場

●山鹿初心者講習会  7月16日(日)午後1時~        山鹿市    山鹿武道場

●夏季懇親会ビアガーデン  7月22日(土)午後7時~         熊本市(細部未定)

夏季子供合宿交流会  7月29日(土)~30日(日)    阿蘇市 連盟本部道場

●親徳館合同稽古及びバーベキュー  8月20日(日)午前11時~    植木武道場及び山本公民館

●昇級昇段審査  8月27日(日)、昇段審査式  9月10日(日)    植木町  植木武道場

夏季一般合宿交流会   9月2日(土)~3日(日)    阿蘇市  連盟本部道場

●沖縄道場館長指導稽古  9月9日(土)~10日(日)          那覇市  石田中学校

第3回指導者講習会   9月24日(日)         阿蘇市  連盟本部道場



親徳ニュース 第71号(平成29年4月1日)

心は穏やかに、歩みは弛みなく

平成元年1月21日、有段者研修会での大先生の一言

「熊本がんばれ!」と勇気づけに、ブルーインパルスが、快晴の空を飛行しました

あの突然に起きた熊本地震から1年が経ちました。合氣道の稽古場所も親徳館合氣道は以前と同じように できるようになりましたが、熊本城、益城町、国道57号線、南阿蘇等々まだ多くの場所と人々が地震前の生活に 戻るには程遠い現実があります。夕方のニュース番組で毎日流れる「幸せを運べるように」という歌を聴きながら、 胸が締め付けられる思いです。「地震にも負けない、強い心を持って、亡くなった方々のぶんも、毎日を大切に 生きてゆこう。傷ついた熊本を元の姿にもどそう、支えあう心と明日への 希望を胸に」(歌詞の冒頭)、23日、 ブルーインパルスが快晴の熊本の空を飛行し勇気づけてくれるのを近くの山から見て、再度「がんばろう熊本」と 思いました。

本多 理一郎 記


合氣道との出会い          初段 松見 志朗

今回、昇段審査を受けるにあたり私の合気道に対する姿勢なり、これから進むべき道について考えてみたい と思います。私が親徳館合氣道に入門して合氣道を習いはじめてから、早いもので六年の歳月が経とうとして います。入門のきっかけは、男澤さんにちょっと顔を出してみないか程度で誘われたという動機としたら少し 軽いかも知れません。しかし、これまでいろいろな方々に支えて頂き、ここまで続けられてきました。 私は学生時代に柔道を十年ほどやっていましたが、同じ武道でも合氣道のことは全くといいほど知りませんでした。 剣道、空手など他の武道は、他人と競う要素が大きいですが、合氣道は自己の使命との闘いと感じています。 大人になったからこそ出来る武道でもあるのかなと思います。合氣道の精神はとても良く考えられていると思い ます。それは合氣道の稽古をやっている時は勿論のこと、日頃の生活でも、仕事の時でも、迷った時や行き詰った 時など、合氣道の精神は気持ちや考えを常に原点に戻してくれます。何事も基本が大切で、相手のことを思う気持ち つまり、思いやりや感謝の精神が人生にしても合氣道にしても大切なのだと思います。心・技・体を鍛える上で、 合氣道に出会えて良かったと感謝しています。本多先生が稽古でよくおっしゃられる「相手と一体になる」という 言葉の本当の意味について、これから稽古を重ねながら、焦らず探求して行こうと思います。合氣道を通して 良き先生や先輩方、仲間に出会えたことに感謝いたします。「親徳館合氣道の目的」にありますように、親徳館 合氣道の同好者が集い、親徳館合氣道による心身の鍛錬と親徳館合氣道の普及発展に努め、門人等相互の親睦を 図り、明るく平和な社会になるように、微力ながらも親徳館合氣道の一員として支えて行く所存です。最後に、 親徳館合氣道の皆様これからも宜しくお願い致します。



親徳ニュース 第70号(平成29年3月1日)

武器を跨ぐとは、何事ですか。

*20代後半、武器技の稽古の際、私が杖を跨いでしまったときの大先生の一言

武器は、自分自身を守ってくれる大事なものです。決して粗末に扱ってはいけません

先日、武器技の稽古の時に畳に置かれていた木剣を跨いで前に行こうとする会員がいたのです。すぐに注意 しました。そして約35年前に、大先生から急に受けを指名され、不用意にも前に置いてあった木剣を跨いでしまい 全員の前で、説教を受けている私が蘇ってきました。大先生は、「武器は自分自身を守ってくれる大事なものです。 決して粗末に扱ってはいけません。」と言う内容のことを、私の行動を通して丁寧に話をして下さいました。 大切な教訓でした。話は変わりますが、熊本地震の影響で、稽古場所を変更し稽古してきましたが、3月12日(日) から一年前と同じ時間と場所で稽古できるようになりました。これまでの協力有難うございました。

本多 理一郎 記


合氣道を始めた動機          初段 谷富小平

私が初めて合氣道をやり始めたのは、私が高校に入学して間もない頃でした。きっかけは私が、中学校在学中に 起こした脳内出血のリハビリの為に行っていた病院で、私を担当してくださった方がリハビリの一環として、私に 教えてくれたからです。そこで自分の力ではなく相手の力を利用できる護身術と知り、また、父も以前やっていた ことも知りました。当時の私は脳内出血の影響で身体の筋力が落ちており、もし何か自分や周りの身に何か起きた際 に対処できる力が欲しいと思い合氣道道場に通い始めました。合氣道の動きに慣れるまでは苦労しましたが、初めて 技を的確に決めた時はとても嬉しかったです。ただ、そのためには日々の鍛錬の積み重ねと力の抜き方、体捌きなど が必要だと、この頃改めて実感しています。今後は、できるだけ稽古に行き鍛錬に励み、段位を意識しつつもそれ だけに捕らわれず技を磨き、誰にでも通じる実力を身につけることを目標に日々頑張りたいと思います。



親徳ニュース 第69号(平成29年2月1日)

相手を止めてやろうとする想念が成長を止める。相手を導いてやるという気持ちが大切

*昭和62年7月30日、朝稽古の時に話された大先生の一言

人生の成長を止めないために必要なのは、相手を理解し優しく導く思いやりなのかも

「級、段が上がってくると、何か自分が偉くなったような錯覚を覚えて、自分よりも下位の者に対して実力を 見せてやろうと、わざと相手の動きを止めて技が掛からないようにしては駄目です。そうゆう想念が成長を止めるん ですよ。実力をつけたものは未熟な相手に対して、正しい方向に導いてやるという思いやりが大切ですよ」と 大先生の言葉を理解し、まだまだ未熟な自分を、五段だった私は反省したんだと思います。朝稽古の後、メモ帳に 走り書きしているのを見て、とても印象に残った稽古をしたんだと思います。当時のことは今は全く覚えていません が、常に心に置いていなければならない指針だと思います。「実ほど、首を垂れる稲穂かな」ということわざがあり ますが、人は生涯を全うする瞬間まで様々な事で試されます。成ってくる全ての有様が、私の人生劇場、楽しもう

本多 理一郎 記


合氣道を続けてきて       初段 冨吉優太郎

私は、合氣道を始めて4年目になろうとしています。後から入門された方に追い越されながらも、今回やっと 昇段審査を受け初段に上がることができました。私は漫画やアニメ、ドラマなどで合氣道を使って敵を倒したり、 サッカーなど他のスポーツに使われている描写を観て、「ああ、これスゲーな」と思い、やってみたいと思ったのが 合氣道を始めたきっかけです。正直にいうと、初めて河村さんに稽古に連れて行ってもらったときは、いったい この人達は、何をやっているんだ?とチンプンカンプンでしたが、今では夜道に襲われたらこの技で対応しようか など、常に頭の中でシュミレーションするくらいに合氣道にのめり込んでいます。合氣道を始めて面白いと思った ことは、合氣道は力じゃないというところです。私は力が強ければ相手に勝てると思っていました。しかし、相手の 力を利用して投げたり、相手が力が強ければ逆に抜いて相手を倒すという合氣道の技は、衝撃的で一つ一つの技が 凄くワクワクさせてくれるものがあります。また、技をかける時、待って受け身になるのではなく、相手を誘い 導いて先手をとり、自分の思うように投げる。この事は、自分の仕事でもある農業とも重なる部分があると思って います。農業も後手に回らないよう、先を見通し計画を練り、自分の思うように作物を作るのが大事だと思います。 しかし、私は、まだとちらも出来ていないので、意識して、稽古や仕事に励みたいを思います。今後の目標は、 先ずは、まだ力に頼ってしまう傾向があるので呼吸力をできるようにすることです。次に基礎をもう一度見直す ことです。私は稽古の途中から参加することが多いので、体捌きなどの動きがへたくそです。今回の昇段審査でも 形はできているようでも、体捌きは出来ておらず自己採点では30点ほどの演武だったと思います。最後に、初心 に、戻り周りから多くのことを学び吸収していきたいを思います。「合氣道の精神」にもあるように、自己に 打ち勝ち現状に満足せず、より高い自己完成を目指し、これからも、日々鍛錬を続けていきます。そして将来的に は、早く結婚して子供をつくって、子供と一緒に合氣道をすることです。まだ先は長いですが。


1月28日(土)に、植木町の「ほんだ食堂」で、初段になった 冨吉優太郎君、谷富小平君の昇段祝いを会員18名で行いました。



親徳ニュース 第68号(平成29年1月1日)

私一人の力ではない。何か大きな力によってさせられている。させて頂いている。

*平成3年11月10日有段者研修会で話された大先生の一言

年始から、ぎっくり腰になりました。腰は身体の要、親徳館合氣道の要の年と 成るかも

2017年(平成29年)の年の初めは、雲一つ無い大空に朝日が昇り、清々しい冷気に身も心も洗われる 思いでした。テレビでは政治家が「酉年だから、鳥のように俯瞰して物事をみたい」と言い、大局から 物事を判断する大切さを話していました。また、ある会員の年賀状に「今年は会員100名を目標に頑張りましょう。」 というのがあり、やる気が見えて嬉しかったです。ところが3日に腰が痛くなり病院に行くと第四腰椎のズレが レントゲンで見つかりました。しかし3日程度で痛みも和らぎ山鹿道場での初稽古は予定通りにできたので 良かったです。この事があって「私は、いつまでも若くは無い、いつまでも稽古できるか分からない。後に続く 者達に心配かけないように土台作りをしなければ」と思いました。腰は身体の要、何か大きな力から激励されてる ような年の初めでした。感謝

本多 理一郎 記


親徳ニュース 第67号(平成28年12月1日)

力が抜けた状態を、目が覚めた状態でやるんです。囚われたらいけない。

*平成2年5月、有段者研修会で、呼吸力の出し方の説明に於ける大先生の一言

12月3日は、米国陸軍軍人への合氣道指導と2016年親徳館忘年会、興奮の一日でした

10月中旬、自衛隊の後輩(現役)から「日米共同指揮所演習の演習の合間に日本文化紹介のイベントがあるん ですが、合氣道を米軍に指導してもらえませんか」との電話依頼を受け、その場で了解の返事をしました。 12月3日(土)健軍駐屯地の野外天幕の特設道場で、午後2時から 4時、アメリカ陸軍の屈強な軍人8人に対し、本田四段、河村弐段、東初段、谷富(合気会初段)と私で合気道指導 を行いました。通訳に紹介を受けた私は、ピコ太郎の「PPAP」を歌って緊張感を解した後、木剣での祓い、 礼拝、「合氣道の精神」の奉唱、稽古風景を普段通りに始め、初段の2人が1~4ヶ条表裏、四段と弐段が自由技、 短剣、木剣、杖の武器技を3人の受けを使って私が演武を行いました。休憩を挟んで、米軍隊員に合氣道の準備運動、 体捌き、受身、基本技などを体験してもらい、激しさの中にも友好的な時間を過ごせました。  同日、午後7時30分から植木町の中華料理「まるみ」で2016年 親徳館忘年会を行いました。過去最多の34名の参加者となった今年は、米軍に合氣道指導した初体験の興奮も あり話が盛り上がり、ビンゴゲームに一喜一憂、楽しい師走の夜を皆で楽しみました。



親徳ニュース 第66号(平成28年11月1日)

皆でやるんですよ。

*大先生の晩年、私の「先生の合氣道を、誰が継ぐんですか」との質問に対する大先生の一言

大先生の探求された合氣道を継ぐ一人として、今、成すべきか、何が出来るのか

 大先生の晩年、私は自分の支部道場会員の月謝を、黒髪町にある大先生のお住まいまで持って行って ました。土曜日の午後が多かったと思いますが、2時間ほど奥様の淹れてくれるコーヒーを頂きながら大先生の お話を伺うのは、とても有難く楽しいひと時でした。会話の流れの中で後継者の質問をしたところ上記のお言葉が 返ってきました。私は、「はい」と答えたものの、当時の私には全く意味が分かりませんでした。大先生が 後継者を指名して、その人物を中心にして組織を作るものと自分の中で勝手に思っていたので意外でした。 大先生が他界されて、6年の月日が過ぎ、日本合氣道普及連盟としての存在意義を初心に戻って「皆でやるん ですよ」の御心を問い直し、大先生の合気道を、未来に繋いでいく為に何を成すべきかを考え、実行する時が 来てるように思います。

本多 理一郎 記


活動報告

11月20日(日)平成28年秋季交流会及び理事会が、佐賀県総合体育館 柔道場で開催され、秋晴れの中、集まった56人が午前11時から午後3時まで、昼食を挟んで3回の稽古に 汗を流しました。濱田忠道北星館館長を最初に、午後は野口敬史陽聖館長、宮原明雄祐気会道場長の順に それぞれに特色のある指導で、楽しく充実した稽古が出来ました。親徳館からの参加者は東初段、眞村3級と 私の3人でした。なお、理事会決定事項は下記の通りです。

平成29年度日本合氣道普及連盟行事予定

●交流会(春季)

5月14日(日) 本部

●夏季子供合宿交流会

7月22日(土)~23日(日) 本部

●夏季一般合宿交流会

8月26日(土)~27日(日) 本部

●指導者講習会

9月24日(日) 本部

●交流会(秋季)

11月5日(日) 熊本市(豊心館主催)


*2016年稽古納めは、12月25日(日)、2017年稽古初めは 1月6日(金)です。



親徳ニュース 第65号(平成28年10月1日)

技は枝葉、抵抗を感じさせない状態

*平成6年5月15日、記念演武大会での大先生の一言

化血研を間もなく退職します。楽しい掛替えの無い10年半でした。 次の進路は未定です。

 平成18年(2006年)6月から、自衛隊を定年退職して第二の就職先として勤務させてもらっている財団法人 化学及び血清療法研究所(通称化血研)を来年2月27日で退職します。有給休暇の消化の為、概ね今年いっぱいで 勤めを終えることになると思います。午前8時30分から午後4時までのパート勤務で合氣道を出来る時間も 充分に与えて頂き、また毎日15,000歩を歩く職場環境(歩数計を着けて勤務)で足腰の運動にもなり、冷暖房 完備の部屋、高学歴の若い職員に囲まれ仕事ができた事は、この上も無く有り難い10年半の勤務でした。 化血研での親徳ニュースの配布は今回で終了します。永い間、読んでもらい有難うございました。 引き続き読みたい方、合氣道に興味を持たれた方は電話ください。今後の進路は未定ですが私らしく 生きたいです。

本多 理一郎 記


活動報告

10月8日(土)午後3時30分から5時まで、植木小学校体育館で、 総合型スポーツクラブ主催の合氣道教室が開催されました。当日はドシャ降りの 雨の中、熱心に参加してくれた3人の小学生と共に身体をいっぱい使って合氣道を楽しみました。

10月16日(日)平成28年度日本合氣道普及連盟指導者講習会を昨年の 木村育翔館々長に続いて本年は私が、阿蘇市の普及連盟本部道場で、26人の各道場の指導者を集めて 約2時間の指導を行いました。第2回目の今年、豊田連盟会長は、所用で参加できなかったものの連盟会長と して「合氣道の精神」を具現化すべく様々な技と大先生の想い出を織り交ぜながら指導させて頂き、充実した 時を過ごさせてもらいました。なお親徳館合氣道の参加者は本田四段、河村弐段と私の参人でした。

10月29日(土)玉名市天水町の有料養護老人ホーム 「湯の郷 天水」を肥後にわかキンキラ劇団が慰問、私も歌手として参加 小林旭、春日八郎、北島三郎の曲を心を込めて歌わせてもらいました。



親徳ニュース 第64号(平成28年9月1日)

70歳になってやっと、常に曇りのない太陽に、手を合わせる気持ちになりました。

*平成7年1月21日熊本での演習の為に沖縄から来ていた時、大先生宅を訪ねた際の 大先生の一言

太陽への向き合い方は人によって違いますが、太陽の創世紀からの恩恵はただ 拝むしかない。

 平成7年1月17日(火)午前5時46分阪神淡路大震災が起こったのは、私が北熊本駐屯地であった、 YS27日米共同訓練(1.27~2.2)の訓練の為、沖縄を出発する日の朝でした。演習本番前で外出が可能だった ので本部道場に稽古に行き、大先生宅を訪れました。大先生は「今日も良し、明日もまた良し何事も、神の 心に任す身になれば」という先人の言葉を織り交ぜながら「良心の光を、輝かせなさいよ」「魂を磨きなさい よ」と語って下さいました。「70歳にしてやっと、…」の一言は大先生の魂の修行の課程で到達したひとつの 境地ではなかったのかと思います。太陽を拝む行動は誰でも出来ますが、どういう気持ちで向き合うかは 人それぞれです。「70歳にしてやっと」という言葉に大先生の悟りの深さを感じます。 演習中、関西方面に災害派遣で向かう車列を見送りました。

本多 理一郎 記


活動報告

8月27日(土)~28日(日)に、平成28年度夏季合宿交流会 が、阿蘇市の連盟本部道場で開催され、9団体から55人の会員が参加しました。今回から陽聖館と流身館 の仲間も加わり、より充実した稽古ができました。たっぷりと汗を流した後、内牧温泉ホテル「角萬」にて 懇親会、宿泊して絆をより深めました。なお親徳館からの参加者は館長の私だけで少し寂しい思いをしました。 来年を期待します。


9月12日(月)連盟本部道場の所在する阿蘇市に対し、熊本 地震災害支援金として連盟各道場から寄せられた善意の募金を、豊田連盟会長から 阿蘇市長に手渡されたと連絡を受けました。連盟本部道場の被害は有りませんでしたが、近くの山の 崩落や温泉施設等の被害は大変なものでした。阿蘇市の一日も早い復興を祈りたいと思います。


親徳ニュース 第63号(平成28年8月1日)

技は求めない。技になる元を求める。力を抜くことは無限大に拡がる

*昭和56年2月14日(土)の稽古の中での大先生の一言

大先生を信じて求めて来て良かったです。光が見えてきました。

 大先生の指導される合氣道は、一般に行われている技、例えば小手返し、入り身投げ、四方投げ等、 合気会に所属されていた頃にはよく指導されていましたが、独立されてからは技の元になる呼吸力の探求に 心血を注がれていたのではないかと思います。力の強い人に力づくで握られたときでも起死回生、一発逆転の 極意の技を大先生は体得されたんだと思います。それを私達、弟子達にいろんな言葉や技を通して伝えたかったん ではないでしょうか。技は本当に効きます。稽古しても尽きない面白さが確かにありました。でもそれが何なのか 捕らえきれない深い真実が息づいていました。大先生の元気は頃は、理解できない血気盛んな弟子達に、根気 よく丁寧に力を抜くことの大切さを教えて下さいました。大先生を信じて求めて来て良かったです。 光が見えてきました。

本多 理一郎 記


活動報告

7月30日(土)午後6時30分から傷ついた熊本城を見上げることのできる KKRホテル熊本にて今年も、ビアガーデンを 熊本の夏の暑気払いとして、大人の会員だけで行いました。

8月15日(月)熊本地震、震度7のあった益城町の養護 老人ホーム「花へんろ」に、NHKのど自慢(合志)で一緒にさんかした宮崎さんから誘いを受け、 歌と合氣道の杖の型でボランティアをさせて貰いました。当老人ホームは、益城 文化ホールのすぐちかくにあったものの被害は、少なかったようでしたが、車窓に見える益城町は、震災当時の ままのところが多く、復興を心からお祈りしたいと思いました。

8月20日(土)昼12時から七城温泉ドームリバーサイド 七城で、2016年バーベキューを、ウエッキー道場と山鹿道場合同で行い 15人(大人10人、子供5人)が参加しました。約2時間、焼けた肉や焼きそばを食べ、ノンアルコール ビール等を飲みながら、自己紹介や会話を楽しみました。終了後、七城温泉に入浴し4時前に解散しました。 今年は熊本地震の影響を受け、演武会と合同稽古を行う場所が確保できず、バーベキューのみ行いましたが、 来年は例年通り演武会と合同稽古ができるように努力したいと思いました。

9月1日(木)から,稽古場所と時間を北部武道場復旧に伴い 下記の通りに変更いたします。

曜 日 場  所 一 般 門 人 幼 年 部 門 人
日曜 ウエッキー2階ホール 午後7時00分~午後8時00分 午後6時00分~午後7時00分
月曜 ウエッキー2階ホール 午後5時00分~午後6時00分 午後5時00分~午後6時00分
火曜 北部武道場 午後7時00分~午後9時00分 午後7時00分~午後8時00分
水曜 五霊中学校武道場 午後7時30分~午後8時30分 午後7時30分~午後8時30分
金曜 山鹿武道場 午後7時30分~午後8時30分 午後7時30分~午後8時30分

親徳ニュース 第62号(平成28年7月1日)

心を求めない限り、合氣道の進歩は望めない。

*昭和57年4月12日、語学課程教育の為、熊本から東京へ出発する前日の大先生の一言

学生の頃「合氣道が好き」と言う心が芽生え、50年たった今も変わりません。

 「昭和42年6月19日に、本多さんは合氣道に入門していますよ。」と以前、事務所を訪ねた際、答えて もらったことがあります。高校生の時にクラブ活動で始めた為に正確な入門日は知りませんでした。 合氣道に縁が出来て50年が経つのかと感慨深い思いがします。駆け足は遅い、球技も下手、勝負事も駄目、 スポーツとは縁のないところで過ごしていました。歌ったり、絵を描いたり、文章を書いたりするほうが 好きでしたが、何も無かったところに「合氣道が好き」という思いが芽生え、何故だかこの武道だけは 続けることができました。ただ「合氣道が好き」という思いが芯になり、見る物、聞く物、成って来る物、 すべての物が、私の半人生に影響を与えてきたように思います。下の絵は、肥後にわか劇団の座長に、 ポスターを依頼され作成したものです。自分でも良い出来だど思います

本多 理一郎 記



活動報告

6月19日(日)佐賀市大和町ホテル龍登園に於いて、日本 合氣道普及連盟第5回定例総会及び第13回理事会が開かれ、事業報告及び収支決算、事業計画及び予算を 検討し承認されました。また流身館(館長 太田黒慶詞)の加入を申請書受理次第認定することと、連盟と して熊本地震被災に伴い連盟本部道場所在地の阿蘇市に災害義援金を贈呈することが決まりました。


平成28年度日本合氣道普及連盟行事予定

●交流会(春季)  中止

●夏季子供合宿交流会    中止

●第4回夏季一般合宿交流会   8月27日(土)~28日(日)熊本阿蘇 育翔館

●第2階指導者講習会    10月16日(日) 熊本阿蘇 本部道場

●第10回交流会(秋季)  11月6日(日) 熊本市 豊心館主催



親徳ニュース 第61号(平成28年6月1日)

他人の家を訪れる時は、時間をはっきりと言って伺いなさいよ。

*昭和57年4月12日、語学課程教育の為、熊本から東京へ出発する前日の大先生の一言

初めての東京、苦手の英語が大好きになり、大先生の偉大さを再認識する機会になりました。

 週末、演習準備をしている時、突然「来週から本多は、英語課程教育で、半年間東京へ行くことになった から演習準備はしなくてもいい。」と隊長から言われた。3次試験までは受けてはいたが、学生のときも英語が 一番苦手な科目だったので、まさか全国から年に20人しかいけない教育に受かるとは思いもしませんでした。 大先生は「合氣道の心を求めて」の本を出版され、合氣道も最高に充実されていると自分なりに思っていただけに 大先生の傍から半年間も離れないといけないことに、心残りもありました。熊本駅を16:01、大先生と 合氣道の仲間に見送られ、初めての東京へ、期待と不安の旅立ちでした。教育の成績はあまり良くなかったもの の、英語が大好きになりました。また、様々な合氣道の道場を訪れ、改めて大先生の偉大さを再認識する機会に なりました。

本多 理一郎 記



親徳ニュース 第60号(平成28年5月1日)

悟るとは、邪気のない子供の心となること。みんな借り物、一度は死ぬことを悟る。

*昭和63年3月13日、有段者研修会での大先生の一言

全国から、”熊本がんばれ”と心と体、金と時間を使って応援に駆けつけてくれています

 「合氣とは愛なり」という合氣道の精神を毎回奉唱した後、親徳館合氣道では稽古を始めます。 熊本地震が起きたとき「私は、今試されている」と思いました。でも、何がどう試されているのか、具体的には 分かりませんでした。熊本城の石垣は崩れ落ち、倒壊した家屋、柱だけの鳥居、崩壊した道路等、形ある物は 破壊されていました。「自分に出来る事は何か」と自問した時、熊本市のボランティアに参加することにしま した。そこで一緒に作業した大阪から仕事を休んで来ているという青年が、「ボランティアさせて頂く事が 有り難い。元気だからこそできるんですから」と話してくれた。全国から”熊本がんばれ”と心と体、金と 時間を使って応援してくれています。まさに代価を求めない「無償の愛」です。お互いに困っている時は 助け合おうという優しさがボランティアの参加者から伝わりました。

本多 理一郎 記


 この度の熊本地震で、親徳館合氣道の稽古で使用させて頂いている道場も被災しそれぞれの期間、使用 できなくなりました。植木武道場は、被災者の方々への支援物資の集積場として 使用されており、8月31日まで、北部武道場は、 天井の一部が落下したりドアが壊れたりして平成29年3月まで、また 天水体育館武道場は、玉名市役所勤務の小川3級の話では、1階駐車場の天井に ヒビがあり、大規模な破損のため、時期は不明、当分の間使用禁止ということです。 そこで代わりに、新しく週3回の稽古場所を加えて稽古し、植木武道場が再開できる8月31日までは下記の 日程で行います。

曜 日 場  所 一 般 門 人 幼 年 部 門 人
日曜 ウエッキー2階ホール 午後7時00分~午後8時00分 午後6時00分~午後7時00分
月曜 ウエッキー2階ホール 午後5時00分~午後6時00分 午後5時00分~午後6時00分
水曜 五霊中学校武道場 午後7時30分~午後8時30分 午後7時30分~午後8時30分
金曜 山鹿武道場 午後7時30分~午後8時30分 午後7時30分~午後8時30分
土曜 ウエッキー2階ホール 午後7時00分~午後8時00分 稽古休み

地震で、稽古場所を奪われた人が多数いる中で、私達は恵まれている、稽古できるんだから



親徳ニュース 第59号(平成28年4月1日)

天の使命を成すのに、いちばんいいのが合氣道です。

*平成9年年4月26日合氣道開祖植芝盛平翁慰霊28年大祭での大先生の一言

我が家の庭に咲く花々は、何事も無かったように、咲く時期に咲き、風に揺れて います

 熊本地震は、4月14日・16日の夜に発生し、益城町、西原村では震度7が2回という前代未聞の惨事に 見舞われ、壊滅的な被害状況が連日報道されています。私の住んでいる熊本市北区植木町も大きな揺れで、 私は怖くて車中泊を2日しました。親徳館の会員も、大変だったと思いますが、概ね元気でした。 合氣道で使用している武道場5か所の内、3か所(植木、北部、天水)が当分の間、使用禁止になりました。 出来る道場は、ウエッキーと山鹿の道場です。今回の地震で、自然の驚異に対する人間の無力さを痛感する と共に「私は今、試されている」と感じました。我が家の庭に咲く花々は、何事も無かったように、咲く時期 に咲き、風に揺れています。激励の電話やメールをたくさん頂き本当に嬉しく思いました。2週間経っても 余震が続きます。避難されてる方も大勢います。がんばろう熊本!

本多 理一郎 記



親徳ニュース 第58号(平成28年3月1日)

何を選んでも、良かったり悪かったりはある。要は、何を選び、それをどう生かすかです。

*平成9年年4月26日合氣道開祖植芝盛平翁慰霊28年大祭での大先生の一言

心から自分の無力さに気付き、不甲斐なさを思い知らされた時に、求める気持ちが 湧いた。

 私の呼吸力探求の原点は、昭和50年頃でした。高校1年生から合氣道を始めて8年、長崎道場では 弐段になり、私より後から入門して来る人も多く合氣道にも少し自信を持ち始めた頃でした。ある日の 稽古終了後、ある大学生に手を取らせて呼吸力を指導しようとしたところ、逆にその大学生の呼吸力が 力が抜けて技が良く効きました。話を聞くと「熊本の本部道場で、合気道部の夏合宿に参加しました。」 とのこと。私は呼吸力がどんどん進化していることに焦りを感じました。初めて本部道場で稽古した時に 初段にも成らない女子高生に技を止められるし、稽古終了後に呼吸力の稽古を1時間やっても相手に私の 技は全く効きません。完璧に打ちのめされた思いで長崎に帰りました。しかし、この経験が私の呼吸力を 強くし、謙虚に合氣道に向き合わせてくれたと思います。

本多 理一郎 記

活動報告

3月8日(火)第3回親徳館合氣道指導者稽古を午後9時から北部武道場で 行いました。今回の参加者6名の中には、ウエッキー道場の松見章1級と松見志郎1級の2人の店主も ショッピングプラザウエッキーの閉店後に参加、普段稽古できない相手との稽古に汗を流していました。 次回は4月12日午後9時からです。

3月13日(日)、平成27年度植木公民館自主講座閉講式で、親徳館 合氣道との拘わりを織り交ぜて、習字教室受講生としての感想を、植木文化センターの大ホールで 発表しました。



親徳ニュース 第57号(平成28年2月1日)

肉体を持っているから修行できるが、霊界では修行できない。肉体を通して魂を修行する

*平成3年年2月9日本部道場である月次祭の納会で、大先生が話された一言

生きている今だからこそ出来る、今しか出来ない大切なものを自覚して行動したい

 2月21日(日)に「熊本城マラソン2016」が快晴の熊本で開催され、13,500人が快走したそうです。 親徳館合氣道からも眞村和也4級と木村圭佑5級がフルマラソンに挑戦そして完走、「親徳館Tシャツ」を着て 走る2人を私も沿道から応援しました。大先生は「肉体を通して魂を修行することが大切なんです。」と機会 ある毎に私達にお話しくださいました。『合氣道の精神』の中にも「霊肉一体の至上境に至るの業であり、 道程である。」とあります。肉体があることで、思ったことが行動として表現できるし、間違ったらすぐに 反省も出来る、五感で感じたことを楽しむことも、悩む事もできる。形のない霊界では思ったことを形として 表現できない不便さがある。相手に思いを伝えたくても形の無いものには伝えづらい。生きている今だから 出来る、今しか出来ない大切なものを自覚して行動したいです

本多 理一郎 記

活動報告

2月9日(火)午後9時から北部武道場に於いて、第2回 親徳館合氣道指導者稽古を行いました。参加者は7人で、呼吸力の養成を主体に稽古しました。 特に今回は、本田四段の大学の合気道部の先輩で、様々な流派の道場で稽古なさっている中谷哲雄氏(67歳)が 参加して下さり、より充実した稽古ができたように思います。


2月13日(土)沖縄道場で館長稽古を行いました。前週は沖縄にもアラレが降った という天候で寒さを覚悟して到着した那覇空港は、九州の冷えた空気とは違っていて、いつものように生暖かな 過ごし易い気候でした。22年前大先生一行が沖縄に来沖された時ご宿泊頂き、祝賀会を開いた思い出の ネストホテル那覇(旧不二ホテル)に到着後、早速半袖シャツに着替えて那覇市内を散策し、午後6時からの 石田中学校での稽古に間に合うように早めに会場に行きました。参加者は崎間道場長をはじめ11人、古い会員も 去年入門した新地煌・星頼兄妹も一緒に元気一杯稽古を楽しみました。約2時間の稽古終了後、懇親会に大人の 会員だけで行き、様々な一年間の変化や今後の沖縄道場の有り方について、話し合いました。翌日昼頃に沖縄を 発ちました。合氣道をしたいと入門する人は急に増加するわけではありません。自分の信じた道が確かであれば 道は開けると信じています。



親徳ニュース 第56号(平成28年1月1日)

本物の技は、誰でもできるものでなければならない。特殊な人間がするものでない。

*平成6年年4月30日、沖縄から大先生宅を訪ねた際、会話の中での大先生の一言

今年も、自分の心身の内に真理を悟る稽古をしたいと思います。

 丙申、平成28年の新年明けましておめでとうございます。今年の元旦も自宅から阿蘇の峯に昇る 初日の出を拝することができ、元気に新年を迎えられたことに感謝したいです。大先生は常々「私のしている 合氣道は、本物なんですよ。」と話されていました。だから私は本物を学んでいるんだという誇りを持って 稽古をしてきました。「本物の技は誰でもできるものでなければならない」とはどういうことなのかを 考えたとき、逆を言えば、誰でもできる真理がその技の中にあるということにもなりはしないでしょうか。 強靭な肉体を持った人間にだけにしかできない技でなく、ごくありふれた人間が極意を身に付けることのできる 本物の技が合氣道にはあります。自分の心身の内に真理を悟る稽古をしたいです。本年が皆様には素晴らしい 一年になりますようにお祈り致します。

本多 理一郎 記

活動報告

1月9日(土)くまもと森都心プラザホールで行われた第4回 新春初笑い「肥後にわか公演」に今年も参加させてもらいました。今年の演目は「マンション計画」で、 墓場にマンションを建てて金儲けしようとする現世の人たちと来世の幽霊との葛藤の話でした。劇には往年の 大スターばってん荒川さんのご子息イサオさん、大田黒浩一さん、かめきちさん、ミートボールさんなども 出演、普段の生活では味わえない環境の中、緊張感と達成感を体験することができ、一年に一度の出演を 楽しめました。私から入場券を買って観劇に来てくれた皆さん有難うございました。


1月12日(火)午後9時から北部武道場で初めての親徳館 合氣道指導者稽古を本田四段、河村弐段、東初段と私で行いました。今後も、 毎月第2火曜日午後9時から北部武道場で1級以上の会員を対象に行う予定です。参加者が増えることを 期待しています。

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